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野試合SSその2 聖槍院九鈴は、朝から海老カツだった。 普段は質素な聖槍院家の朝食だが、九鈴の試合がある日は彼女の好物である海老のカツが食卓に上るのが恒例となっていた。先日まで開催されていた「ザ・キングオブトワイライト」という魔人同士の比較的平和な格闘大会に九鈴は参加し、一回戦で敢えなく敗退はしたものの、敗者による裏トーナメントに於いて見事優勝を収めたのだった。 大会は興行的にかなりの成功であったようで、閉会後の特別企画として大会参加者である九鈴と雨竜院雨弓によるエクストラマッチが行われることになった。ゆえに、今朝は海老カツなのである。 九鈴はしゅわしゅわと音を立てる海老カツをトングで挟んで油の中から取り出し、少しのあいだ金網の上に置いて油を切ってから、さくりと包丁で半分に切り断面を見て火の通り具合を確認する。加熱によってタンパク質から遊離した、アスタキサンチンの赤が美しい。そして九鈴は、家族それぞれの皿に海老カツを並べていった。 ただし、実のところ彼女が行っているのは配膳だけであり、調理のほとんどは母親によるものである。もちろん九鈴もそれなりに料理ができないわけではないが、うっかりすると母親に任せっきりになりがちなのは反省すべき点だと思っている。まあ、今日は試合の日なのでこれで良いのだ。 「もぐもぐ。ロブスター=サンはおいしいなぁ」 いつの間にか「いただきます」も言わずに、弟の九郎が海老カツを盗み食いして平らげていた。九郎は10歳。育ち盛りの食べ盛りではあるが、これは少々行儀が悪い。 「ちょっとダメでしょ。いつも言ってるよね? 小型の海老は『シュリンプ』だって」 九鈴は少し厳しい口調で弟をたしなめた。彼女には風変りなところがあり、海老とか蟹については何故かちょっとうるさいのだった。なんでだろうね。 「お、海老カツかー。今日は雨弓君と試合する日だったなー」 朝寝坊な九鈴の父親が、のっそりと現れた。大柄で、武骨で、人類を大雑把に分類するならば雨竜院雨弓と同じジャンルに属する人間である。 「九鈴。試合もいいが、雨弓君とお付き合いする気はないのか?」 「お父さん、ソレはやめなさい。九鈴も困ってるでしょ」 同類だからだろうか、九鈴の父は雨弓のことをやけに気に入っている。そして、いつもの無遠慮な提案をして、母にぴしゃりとたしなめられた。何度も繰り返されてきたおなじみのやり取りだ。九鈴は本当に困った表情で、口の中の海老カツを咀嚼して、飲み込む。母さんの海老カツはとてもおいしい。そして、九鈴はいつもと同じくこう答えるのだ。 「それはムリなの。だって雨弓さんは雨雫のものだから……」 ††††† また、雨雫の夢をみた。雨弓の従妹。この世を去った恋人。雨竜院雨雫の夢をみた。あの日から8年の時が経ったというのに、あの時の記憶は未だ色褪せず生々しい。 雨弓がみる雨雫の夢は、大きくわけて二種類。ひとつは雨雫があの世から帰ってきて結ばれる、幸せで未練がましい夢。もうひとつは、雨雫が死んだあの日の、狂おしく身を裂くようなリフレイン。 昨夜の夢は、悪い方の夢だった。 雨弓は、最愛の人を自らの武傘で殺めた。仕方がなかった。殺さなければ、自分が殺されていた。いや、仕方ないなどということはない。もっと自分に力があれば、あるいは殺さずに済んだかもしれない。力が足りなかったのならば、自分が殺されれば良かっただけかもしれない。 雨雫は運命に呪われていた。可憐なその身の裡に、邪悪な双子の兄が取り憑いていた。邪悪な兄に、名はない。そいつは、雨雫の左肩に宿った人面疽だった。 雨雫の精神が弱った時、邪悪な兄が彼女の肉体を乗っ取り悪行を働く。あの日、奴は、雨竜院家の門下生である女性を陵辱目的で襲い、殺した。 殺人犯を追った雨弓は、邪悪な兄が操る雨雫と戦い、そして、殺害したのだ。兄に支配された雨雫の肉体は男性化し、雨弓を上回る膂力を発揮していた。 もう何百回も夢の中で繰り返した通りに、雨雫の左肩に憑いた悪魔を抉り殺した。雨雫の心臓もろともに。そして、死にゆく雨雫を抱き締め、口付けをした。体温が失われてゆく雨雫の体を、降りしきる雨の中で、抱き締め続けた。 これから雨竜院雨弓が戦う聖槍院九鈴は、雨雫の親友だった女性だ。雨弓と雨雫の仲を取り持ってくれた恩人でもある。だが、そんなことは今は関係ない。 九鈴の修めた武術「トング道」と魔人能力「タフグリップ」が、雨弓の胸を踊らせている。彼女とならば、「あの映画」やふざけたアナウンス改変のような不純物の混じらない、本当の戦いが楽しめるはずだ。 苦い夢を頭の中から押しやり、雨弓はこれから繰り広げられるであろう死闘に思いを馳せた。戦うこと。強くなること。雨弓にとって、それは神聖なことだった。――雨雫を救えなかった弱い自分を、消し去ろうとしているのかもしれない。 ††††† 世界は改変されて平和になった。しかし、すべての不幸が消えてなくなったわけではないのだ。例えばこのビル。日本で最も高いビル、高さ400mの「あしやドミチル」もその一例だ。あまりに高すぎる維持費による経営破綻劇の裏側で多くの者が首を吊り、いずれこのビルも解体される予定となっている。 試合会場である廃ビルのふもとに、雨弓と九鈴が並んで立ち説明を受けている。簡素な野外ステージが設営され、大勢の魔人格闘ファンが、試合開始を待ちわびている。 「試合エリアは解体予定の廃ビル敷地内。電気は一応流れていますが、いつ止まるかわからないのでエレベーター等の使用には御注意ください」 大会本編で司会を務めた佐倉光素が、この試合では審判も兼ねている。あくまでも番外編なので、大規模なマネーは動いていないのだ。ただし、天狂院癒死が医療スタッフとして控えているため、大抵の死に方なら復活できるはずである。存分に殺し合える舞台――それは、雨弓にとっても九鈴にとっても望ましいことだった。 「念のため。空中に居る場合はビルから50m離れるとアウトです。ビルはいくら壊してもOKなので、お二人とも魔人能力の限りを尽くして、全力で死闘を繰り広げてください!」 光素の語調は「魔人能力の限り」の箇所で特に強くなった。光素を突き動かす原動力は善意ではなく好奇心である。魔人能力を観察するためならば、人心を弄ぶ外道なマッチングも辞さない。例えば雨竜院雨雫の――いや、それは別人の所業であったか。 「皆様おまたせしました。それでは試合開始です!」 光素は手に持った鉄板を、退場宣告するサッカー審判のように掲げた。すると、雨弓と九鈴の姿が消え失せる。光素の瞬間移動能力により、廃ビル内に転送されたのだ。なお、光素が瞬間移動能力を使う際に鉄板を掲げる必要は特にない。たぶん、審判っぽいアクションをしたかっただけなのだろうと思われる。 ††††† 雨弓が転送された87階はホテルの客室フロアの廊下だった。そもそも、商業フロアは30階までなので、ランダム転送では客室フロアに出る可能性が最も高い。 手近な部屋の扉を開けて中に入ると、雨弓はまずバスルームの水道を確認した。蛇口を捻る。勢い良く水が流れ出し、シンクに積もった埃を洗い流した。 雨弓の幻覚能力「睫毛の虹」を使用するのに必要な空気中の水分は、これで確保できた。どれほどの給水能力が残されているかは不明だが、少なくとも背負ってきたポリタンクよりは多いだろう。 雨弓は窓辺に近付き、山手に広がる瀟洒な住宅街を見下ろして目を細める。こうやって高い所から眺めれば、街の裏側で繰り広げられる犯罪行為は影も見えず、平和そのものの光景だ。 「さて、愛しの姫君をどこでお待ちしたらロマンチックな雰囲気になるかねぇ」 そう言って雨弓はニヤリと笑った。言葉とは裏腹に、勇者を待ち構える魔王のような、凶悪な笑みだった。九鈴との命を懸けた戦いが、心底楽しみだった。雨弓は心の昂ぶりを抑えきれず、武傘を乱暴に振り下ろす。ダブルサイズのベッドが、一撃で真っ二つにへし折れた。 ††††† 九鈴は、地下二階の駐車スペースに転送された。何も見えない暗闇の中、トングで床を叩き、ソナーのように周囲の状況を把握する。 集中力が高まり、感覚が鋭敏になっている。予期せぬ闖入者を見て慌てて逃げ出す小さなダンゴムシたちの可愛らしい様子まで、はっきりと判る。大丈夫だ。これなら存分に殺し合える。 周囲の構造から、自分は地下にいると九鈴は判断した。ならば上に登ってゆくだけだ。シンプルで良かった。 おそらく、雨弓は高層階で待っているだろうと九鈴は予想している。天を奉ずる雨使いの性だろうか、あるいは単に馬鹿だからか、雨弓は高い所が好きだった。授業をサボった雨弓を探して、校舎の屋上へと雨雫が向かう姿を何度みただろうか。 エレベーターの使用は危険と判断し、九鈴は非常用階段を登っていった。多数のトングが詰まったキャリーバックを手に、百階近いビルを階段で登るのは魔人の体力でも大変なことだ。だが、九鈴は楽しくて仕方がなかった。もうすぐ雨弓と殺し合えることを思えば、階段など苦にもならなかった。 ††††† 地上94階、展望レストラン跡。九鈴が到着した時には、既にフロア全体が湿気に包まれていた。散水によって雨弓が能力を発動するための条件が満たされているのだ。頬に当たるひんやりとした空気に、雨弓の本気を感じて九鈴は嬉しかった。 「待ってたぜ。疲れてるなら少し休憩してもいいぞ」 雨弓は逸る気持ちを抑えて言った。策の限りを尽くして殺し合うのが望みだが、それには九鈴の状態がベストでなければ意味がない。 「ごしんぱいなく。――おしてまいります。雨弓先輩……!」 九鈴は二本のトングを両手に構え、トングの先でガリガリ床を掻きながら雨弓との距離を縮めてゆく。九鈴は笑っていた。焦点の定まらない虚ろな瞳。既に戦いの狂気にその身を浸していた。 雨弓は視界を赤外線視に切り替えて九鈴の体表温をスキャンした。光の屈折を操作する「睫毛の虹」の応用技術だ。エロ目的でも使えるため誰にも教えてない秘密の技である。九鈴の足にかなり疲労が蓄積されているのが見て取れたが、戦闘に大きな支障はなさそうだ。 「いくぜェ、九鈴! 悪いが、手加減なしだ!」 臨戦態勢に入った雨弓は、独特の歩法「蛟」によって音もなく滑るように間合いを詰め、長さ2mの番傘、武傘「九頭竜」による突きを放つ。雨竜一傘流の基本技「雨月」。雨弓の巨躯と巨大武傘による長大な間合いが、九鈴の遥か遠くから襲いかかる。 しかし、九鈴は無反応だった。その目はあらぬ方向を向き、歩調に変化はなく、ガリガリとトングを鳴らしながら歩き続けていた。武傘が九鈴の身体を突き抜ける。――血は流れない。「睫毛の虹」による幻影の攻撃だからだ。 次の瞬間、九鈴は左に身をかわし、虚空に向けてトングを伸ばす。ガチン。何もない空間で金属音が鳴り、トングが弾かれる。幻術が解かれ、見えない「雨月」を放った雨弓の姿が現れた。姿を消して時間差攻撃を仕掛けていたのだ。九鈴は幻影に惑わされぬ完璧な対応で、武傘をトングで挟み取ろうとしたが、雨弓は傘を捻って弾き、掴ませなかった。 「シィイイヤアアアァッ!」 叫び声と共に武傘による連続突きを放つ雨弓。雨竜院一傘流の「篠突く雨」に幻術によるフェイントを交えた猛攻。九鈴は冷静に二本のトングで巧みに捌く。しかし、タフグリップ把持には至らない。トングに挟まれる寸前で武傘は素早く逃げてゆく。 「たあっ!」 連撃が僅かに緩んだ隙に、地を這うようなトングが雨弓の左脚を鋭く狙う。体重移動のタイミングを完全に捉えられ、脚を引いて逃げることは不可能であることを悟った雨弓は右下段蹴りでトングを逸らし、そのまま踏み込んで九頭竜を振り下ろす。九鈴は舞うようなステップで打撃を回避する。 お互いに技を知り尽くした仲のせめぎ合い。傍目には達人同士の血も凍るような技の応酬だが、雨弓も九鈴もこの程度の戦いでは満足できない。こんなのは道場稽古の延長線上に過ぎないのだ。二人が望むのは――命を賭した殺し合い。 武傘とトングが激しく交錯する中、雨弓は違和感を感じていた。幻術への九鈴の対応が完璧すぎる。完全に見切られているどころではなかった。幻術を使っていることに、気付いてすらいないような動きだった。雨弓は一旦距離を取り、疑問を口にする。 「九鈴……お前の目、どうなってるんだ?」 「めはやきました。雨竜院の雨は、もはや私には届きません――私の瞳には、太陽が宿っているのです」 双眼鏡で太陽を直視することで、九鈴はあらかじめ視覚を捨てていた。絶対に真似してはいけない完全な幻術対策である。 懐から投擲トングを取り出し、三本連続で投げつける。飛来するトングの先に挟まれた粘土のような物質を見て雨弓は戦慄した。C-4プラスチック爆弾。信管を挟み込んで固定した「タフグリップ」を遠隔解除することによって、任意タイミングで起爆することが可能である。 雨弓は九頭竜を開いて防御する。ガウン。ガウン。二発立て続けに傘面で爆発が起こり、特殊合金製の骨組みが軋む。傘を回転させる防御技「雨流」によって衝撃を受け流さなければ、ダイヤモンド粒子で強化した特殊繊維の布ですら無傷では済まなかったろう。 傘を閉じると、雨弓に背を向けて走る九鈴の姿があった。キャリーバックを手に持ち、階段室へと向かっている。なぜ逃げるのか。足元に転がるもう一本のトングを赤外線視した雨弓は危機を察知する。トングの先端温度が異常に低下していた。急激な気体の膨張による温度低下だ。タフグリップ捕集された何らかの気体が放出されているのだ。 雨弓は全力で跳んだ。武傘の一突きにより、天井を突き破ってビル屋上に退避する。雨弓を追撃するように、穴から酸っぱいアーモンド臭が立ち昇ってきた。この匂いは――青酸ガスだ。 「よいはんだんね。うれしいわ。簡単に死なれちゃ困るもの」 心底うれしそうに、軽い足取りで九鈴も屋上にやってきた。雨弓も、本気すぎる程に本気な九鈴の殺意をうれしく思った。 「ハハハハハハ! そうだ! この感じだ! 戦、俺にはそれが必要だ! ……ったく、真剣勝負ってのは良いモノだぜ、ファントムやポータル・ジツの邪魔が入らなきゃ、尚更だ……!」 再び激しく武傘とトングがぶつかり合う。幻術が意味を為さない今、完全に武芸の技を競う勝負である。いや、「タフグリップ」がある分、九鈴に利があるだろうか。一度でもトングが相手を捉えれば、死ぬまで離さず喰らい付くのだから。左右二本の死の咢が、雨弓を喰らわんと踊っている。 「せいやあっ!」 床面に突き立てたトングを軸にした、九鈴の高々度右上段回し蹴りが放たれる。頭部を狙った蹴りを、雨弓は左手でブロックする。その瞬間。九鈴は脛に仕込んでいたトング爆弾を起動した。ガウン。爆音が響き、九鈴の右脚と雨弓の左腕に大きな損傷。だが、そのダメージは重要ではない。重要なのは、爆発によって生じた隙に、九鈴のトングが武傘を捕獲していたことだ。 「しんでください!」 トング道の合気によって雨弓の巨体が宙を舞い、脳天から逆落としでコンクリート床面に叩きつけられる。床面に丸く血の跡が描かれる。激突の衝撃をトングの合気で投げ技のエネルギーに変換。床面でスーパーボールの如く跳ね返った雨弓の巨体が再び宙を舞う。だが、雨弓は冷静にタイミングを見計らっていた。トングに捉えられた武傘を手離し、背後に素早く回り込んで丸太のような腕で九鈴の気道を締め上げる。 「もらったぜェ九鈴。これで終りかなァ……!!」 「うっ、うぐううっ!」 苦しげに呻きながら、九鈴は逆手に持ったトングで雨弓の脇腹を何度も突き刺し抵抗する。脇腹から血が滲むが、分厚い筋肉に阻まれてトングは貫通しない。九鈴の喉を締め付ける腕の力が増してゆく。ガウン。九鈴の左肩に仕込まれたトング爆弾が炸裂した。九鈴の肩が抉れる。間近で起きた爆発に顔面を激しく焼かれ、雨弓の腕の力が緩んだ。腕の隙間にトングを滑り込ませて梃子の原理を利用して引き剥がし、九鈴は絞め技から脱出した。 5mの距離を置き、対峙する二人。左手をだらりと垂らし、右腕一本でトングを構える九鈴。焼けただれた顔面に凶悪な笑みを浮かべ、素早く回収した武傘を構える雨弓。両者とも重傷を負っているが、その全身に殺意が漲っている。しかし、雨弓の心には隙が生じていた。左肩に大きな傷を負った九鈴の姿に、自ら殺めた恋人・雨雫の最後の姿がだぶって見えたからだ。九鈴の痛々しい姿に目を奪われていた雨弓は、自分の背後に九鈴のキャリーバックがあることに気付くのが遅れた。 ガガガガガガガガウゥゥーーーーン! 爆音が鳴り響いた。空気の振動は地上の特設ステージにまで伝わり、上空を一斉に見上げた魔人格闘ファンたちの歓声が上がった。キャリーバック内に満載されたトング爆弾が一斉に起動され、雨弓の至近距離で爆発したのだ。 ††††† 九鈴の身体が、宙を舞っていた。九鈴の腹部に突き刺さる、武傘「九頭竜」先端の突剣によって吹き飛ばされたのだ。鳴り響く爆発音によってトング・エコロケーションが機能しなくなった瞬間に合わせ、雨弓は九頭竜の突剣射出機構を作動し九鈴を狙撃した。視覚を失っている九鈴に、避けるすべはなかった。 ビル屋上の転落防止柵を飛び越え、九鈴は落ちてゆく。(わたしのまけだ……)九鈴は満足していた。雨弓の耐久力ならば、あの爆発でも生き延びられるだろう。九鈴が地上に叩きつけられて死に、それで決着だ。理想的ではないにせよ、九鈴にとっては悪くない結末だった。 ――逞しい左手が、九鈴の足を掴んだ。落下速度が弱まる。至近距離の大爆発で瀕死の重傷を負いながらも、雨弓は九鈴を追って飛び降り、捕まえたのだ。右手には開かれた大きな傘。巨大な傘によって落下速度が削がれ、ゆっくりと二人は落ちてゆく。雨竜一傘流「落下傘」である。雨弓は爽やかな笑顔で言った。 「俺の勝ちだな。楽しかったぜ」 九鈴の顔から血の気が引いた。 「それじゃダメなの!」 トングが鋭く動き、雨弓の右手を捉えて指をへし折った。不可解な九鈴の行動に雨弓は対応できず、その手から傘が離れる。再び自由落下が始まった。 「バカ九鈴!! 何かんがえてやがる!!」 雨弓が叫んだ。九鈴の行動の意味がまったく解らない。 地上まであと8秒。 「うらやましいの! 雨雫のことが!」 地上まであと6秒。 「ころしあいたい! 最後まで! 私も雨弓さんの永遠になりたいの!」 雨弓と九鈴は、お互いに殺し合いを望んでいた。だが、殺し合いに求めるものはまったく違っていた。雨弓は単に、殺し合いの過程を楽しみたかった。九鈴は、殺し合いの結果が欲しかった。殺し合いの結果が、雨弓の心に永遠に刻まれることを望んだ。それだけが、死によって雨弓の中で永遠の存在となった雨雫に追いつける唯一の方法だと信じていた。だから、戦いの結末はいずれかの死である必要があった。 地上まであと3秒。 「すまなかった……」 九鈴が何を考えているのか、雨弓には理解しきれなかった。だが、自分が九鈴を苦しめていたことだけは解った。雨弓は九鈴の体を引き寄せ、護るように強く抱き締めた。この落下速度ではいずれにせよ二人とも死ぬだろう。それでも、落ちる体勢は大事だと考えた。 地上まであと1秒。 ……。 地面に激突する寸前。地上30cm。不意に落下速度がゼロになった。一瞬の停止の後、ごく短距離の落下が再開し、二人はほとんどダメージなくどさりと地に落ちた。 何が起きたのか。ざわつく観客たち。やがて、観客たちの視線は一人の少年に集中していった。 少年は最初、なぜ自分が注目を集めているのか判らなかったが、すぐに状況判断して能力を使い、特殊銃を生成した。能力名「ガンフォール・ガンライズ」。物体の鉛直移動を自在に操るスタームルガーmk2を手に、少年は華麗なガンスピンを披露する。隣席の可憐な少女の視線を意識しながら、少年は言った。 「さあ、光素さん。決着はついたぜ。試合終了の判定を頼むよ」 促されて光素は(何か変だな)と思いつつも鉄板を高く掲げた。 「試合終了です! 二人ほぼ同時に落下しましたので、雨竜院選手と聖槍院選手によるエクストラマッチは引き分けとします!」 死闘を称え、湧き上がる歓声と拍手の中、死を覚悟していた二人はしばらく呆然と抱き合っていたが、やがて我に返ってどちらともなく飛び離れた。蓄積されたダメージは大きく、少し離れるとまた二人とも地面に倒れて横たわる。 「なあ、九鈴」 雨弓が優しい声で話しかけた。 「いきなり永遠を誓うってのは、やっぱり無理な話だと思うんだ。――まずは恋人から、順序よくいかないか?」 そう言って、九鈴に向けて手を差し出した。 九鈴はしばらく逡巡してから、無言でおずおずと手を伸ばす。そして九鈴の手は、雨弓の大きく、荒々しく、暖かい手を強く握り締めた。 ††††† 秋は一夜にやってくる。 二百十日に風が吹き、 二百二十日に雨が降り、 あけの夜あけにあがったら、 その夜にこっそりやって来る。 舟で港へあがるのか、 翅でお空を翔けるのか、 地からむくむく湧き出すか、 それは誰にもわからない、 けれども今朝はもう来てる。 どこにいるのか、わからない、 けれど、どこかに、もう来てる。 ――金子みすゞ『秋は一夜に』 (野試合「雨竜院雨弓 vs 聖槍院九鈴」おわり。「落下停止」につづく) このページのトップに戻る|トップページに戻る
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野試合SSその1 穢れた魂が堕ちる先、永劫の責め苦を亡者に課す地の獄に、雨竜院雨雫(うりゅういんしずく)はいた。細く白い肢体は醜く変色して膨れ上がり、ここが死を許されぬ地獄でなければ誰もが腐乱死体と思うだろう有り様。 忌まわしい兄の魂にここへと引きずり込まれたことも、嘗て雨弓への再会を情に流され放棄した自分も、もはや恨んではいない。いや、彼女はほぼ全ての思考をずいぶん前にやめていたのだ。意識は暗い暗い泥の底、「無」に還ったのとそう変わらぬ状態にあった。 (雨弓君……会いたいな……) 今はただその一念だけが、雨雫の意識が更に深きへと沈むのを食い止めていた。 その地獄は突然、淡い黄色の光に包まれることになる。 ††††† 雨に包まれた街の一角に、その「廃ビル」は佇んでいた。 野試合の会場であるそれは言葉のイメージにそぐわず立派なもので、広い敷地内には小さな緑地やレストランホールも備えられている。 「見た目は豪華ですけど、美術館や旅館なんかと違って元から誰のものでも無いので、思う存分暴れて壊しちゃってください!」とは試合をプロデュースした佐倉光素(こうそ)の弁。 「ただいまより雨竜院雨弓(あゆみ)対聖槍院九鈴(せいそういんくりん)の試合を開始します」 上空のヘリからのアナウンスが雨音の中に響き渡った。 (外にはいねえか……) 敷地の正面入り口から少し入ったところで雨竜院雨弓はそう呟いた。偉丈夫そのものという巨躯を黒いローブで包み、得物でもある赤い武傘(ぶさん)「九頭龍」を差している。その位置から屋内を除く試合場全域を見(丶)渡(丶)し(丶)た(丶)彼は、眼前の高層ビルへと歩を進めた。 屋根の下に入るが、傘を閉じることは無い。無論、この中に敵が待つことが明白だからだ。この日のために整備された自動ドアが音も無く開き、雨弓を中へ迎え入れた次の瞬間、彼の眼前には歓迎の第二陣が待ち構えていた。 雨弓の立つ位置を放射状に囲うよう、エントランスホールの至る所に設置された数十のボウガン。それぞれを固定していたトングの全てが一斉に掴んでいた弦を離し、そして矢が放たれる。 「ハッ……」 同時に迫る数十条の矢を前に何でも無いという顔をする雨弓。彼の視線は前方の矢の群れへと向けられているが、実際の注意の対象は頭上にあった。 コウモリの如くに天井からぶら下がり、彼を見下ろすのは両手にトングの赤い袴姿の女――聖槍院九鈴。トングで掴んだ物を何があっても固定する能力『タフグリップ』を持つ魔人である。矢を固定していたトングの『タフグリップ』を全て同時に解除し、発射に合わせて頭上からの不意打ちを仕掛けんとした彼女だが、自身の存在がバレていることにもこの時点で気づいていた。 (殺気が漏れてた? それとも……) 雨弓は九鈴の思考を遮るがごとく、彼女を見上げて跳び、九頭龍を回転させながら突く。対空の雨月(あめつき)――逆雨(さかさめ)。 雨弓を貫くはずだった矢の群れは閉じかけたドアガラスを粉砕し、その向こうへと消えていった。 「ふんっ!!」 九鈴もトングで掴んでいた天井を離し、落下しながらトングを繰り出す。カウンター攻撃では無い。2人の得物が交差する瞬間、九鈴は高速回転する九頭龍をトングで横から叩く。その反動で落下の方向が逸れ、九頭龍の牙は九鈴の前髪を数本切り落とすだけで空を切った。 あの体勢で正面からぶつかっては不利との、九鈴の状況判断による回避である。 硬質の床に両者はほぼ同時に着地する。お互いに睨み合うが、雨弓は獣が牙を剥いたように嗤い、対して九鈴は僅かに眉間に皺を寄せ、殺気を迸らせていた。 (流石雨弓さん……雨雫の技より疾くて鋭い……けど) (私、ちゃんと戦えてる……あの頃とは違う。ちゃんと、戦うべきだから戦ってる……) 狂気に呑まれて暴を撒き散らすのでは無い。理性ある戦士として、高潔な清掃員として、今の九鈴はあることが出来た。 (童貞こじらせたこの人を筆下ろししてあげるために……私は勝つ!) 戦う理由は、どこかおかしかったが。 (SEXはともかく、楽しませてもらうぜ……九鈴) 2人の闘志に呼応するかの如く外の雨脚は激しさを増し、破壊された入り口からは勢いよく風雨が入り込んできていた。 ††††† 「お互い傘とトングという日用品を武器とし、何やら因縁があるらしい2人。 ファーストコンタクトはどちらもノーダメージでしたが、緊張感ある幕開けでしたねー。どう見ますきららちゃん?」 「2人共カラテは相当なものだね! あたしも戦いたいくらい! でも、今の感じだと接近戦ならあのお兄さんが有利かな?」 スタジオにて、中継されてきた映像を見ながら司会の佐倉光素と解説の埴井きららがそのように述べる。 「あの娘(こ)は、リンダと戦ったときみたいに剣を掴んで投げればいいんじゃないオカマッ」 「馬鹿ね、私とあの傘使いじゃ同じ突き技でもまるで別物よ」 ゲスト解説員の席に座る「3つ子の女騎士・ゾルデリア」の2人が意見を述べる。異世界からやってきたという設定で大ブレイク中の彼女らは光素やきらら、今戦っている2人とも縁があり、こうして番組に呼ばれているのだ。 「あら~みんなカラテがどうとか言ってるけど、大事なことを見落としていない? あの子、童貞なんでしょ? もったいないわねえ、顔はいいのにオカマッ!」 そう言うのはゾルデリア三姉妹の長女(という設定)・カイエン。女騎士のはずだが、その身体からはなぜだか老人臭が漂っていた。 「なるほど、あの女は『ZTM』を容易く破る性技の持ち主。童貞じゃ相手にならないわ」 「そうね。処女の姫将軍や探偵がオークやチャラ男に勝てないように、童貞はビッチに勝てないオカマッ!」 そう言ってうんうんと頷く女騎士3人組。きららは「大人って汚い」と心中で呟き、想い人・真野八方の姿を思い浮かべていた。 ††††† ビルの入り口付近では先程の空中戦以降衝突も無く、両者一定の間合いを保ったまま睨み合いが続いていた。 「ヘクシュッ! 誰か噂でもしてんのかね……まあいいや、行くぜ」 全国に童貞だと発信されているなど露知らない雨弓がそう言うと、その身体は周囲の大気に溶けるように消えてゆく。九鈴は落ちている矢を掴んで投擲するも、何事も無く彼の像をすり抜けて向こう側の壁に突き刺さった。 (『睫毛の虹』……) 大気中の水分を利用して光の屈折を操り、幻影を見せる雨弓の魔人能力である。ドアが吹き飛んだ入り口からは雨風が吹き込み、周囲の大気は能力の使用に十分な水分を含んでいる。 九鈴はこの能力を知っていた。試合を見たからでは無い。物心つく前からの付き合いがある2人だ。子供の頃から雨雫と共に幾度と無くその能力を見てきており、弱点についても勿論同様に。 睫毛の虹が生み出せる幻覚は光学的な範疇に留まる。視覚以外を欺くことは出来ないのだ。 (感覚を、研ぎ澄ませ……) 九鈴は雨弓の気配を捉えようと神経を集中させた。 先程の九鈴がそうだが、不意打ちは露見していれば即自分がカウンターという逆不意打ちを喰う危険を孕んでいる。雨弓の方も、視覚以外で察知される可能性は警戒しているだろう。 (音……床の振動……) 耳に神経を集中させるのみならず、袴の裾に仕込んだトングの先を床に垂らし、振動を感知しようとする。地中のゴミを探す際用いる手法だが、傘術には「蛟」なる無音移動術があり、滑走にも似た足運びによるそれはリノリウムの床とは相性が良すぎた。 (どこにいる……) 雨弓の気配を探る九鈴の姿――それはおよそ一切の流派に見たことも聞いたこともない奇怪な構えであった。トングを持った両腕を交差し、それぞれの閉じられた先端を腰にぶら下げたトングが噛み、『タフグリップ』で固定している。その状態で、九鈴は自身の剛力を以ってトングの合金が破断する寸前まで力を溜めていた。 (……!) 九鈴の鼻孔をくすぐる微かな臭い。雨に降られて家に帰った時に感じる、濡れた衣服の生臭さ。雨竜院家(かれら)の前では言わないが、九鈴はそれが嫌いだった。 九鈴の右斜め後ろに、雨弓はいる。 「疾ッ!」 後ろへ跳び、振り返りながらの『タフグリップ』解除――抜遁(ばっとん)。それは雨弓が九鈴へ向けて九頭龍を突き出した直後のことだった。白い首筋に赤い線を引きながら、またしても九頭龍の牙は空振りに終わる。 最大限の溜めから生まれる超速の斬撃に対し間合いに入られた雨弓は身を引くも、トングの先端は右脇腹から左胸にかけてを斬り裂く。ローブが血に染まるが、雨弓の分厚い筋肉の前では薄皮を斬ったのと大差ない。 (痛えなあ! ……ん!?) 九鈴の斬撃の狙いはそれ自体によるダメージに留まらず、躱されてもすぐさま次の攻撃に繋げることにあった。閉じていたトングの先端は一瞬で口を開け、ローブの襟を咥える。蟹の鋏脚(きょうきゃく)が如き両手のトングの実態は、無限の咬合力を持った悪魔の顎門(あぎと)に他ならない。 (ハハ、やっべえ……!) 「らああああああああああああああああああああああああああっ!!」 正面から見上げる九鈴――九鈴の背中――頭部――天井――向こうの壁――、雨弓の視界に映る景色は凄まじい速さで流れてゆき、そして最後には床が迫ってくる。 ビル全体を揺らす衝撃と轟音を発し、巨大な槌を打ち付ける「魔人」聖槍院九鈴。 ホールのガラスの大半が砕け散り、広範囲に広がる亀裂の中心には隕石でも落ちたかのようなクレーター。その中に、2人の姿はあった。 「ぐっ……!」 投げた側の九鈴だが、道着の右肩から大きく裂けており、鎖骨のあたりから流血していた。 「今のは効いたなあ!!」 雨弓が言う。受け身を取り、倒立姿勢の彼を九鈴は再び投げようとするが、その前に雨弓がカポエイラめいた体勢で蹴りを放つ。 九鈴はガードするも勢いは殺せず、掴んでいた襟が引きちぎれてビルの外まで吹き飛んでいった。 ††††† 「どうして投げた聖槍院選手が負傷を?」 「ふふーん、ちょっと投げる瞬間、九鈴さんの肩のあたりをクローズアップで再生してみて!」 スタジオで困惑する光素に対し、きららの指示通りに再生が始まる。 襟をトングで掴まれた雨弓は九鈴が投げに入る瞬間、腕を伸ばしきった状態から九頭龍の柄のカギ状の部分を九鈴の鎖骨に掛けていたのだ。九鈴はそのまま投げた結果自分の技の勢いで鎖骨を骨折し、雨弓の肉体への破壊力も軽減されていた。 「なるほど、突こうとしては間に合わないと判断して……それもあの一瞬で」 「恐ろしく速い手際……きららじゃなきゃ見逃しちゃうね」 「カメラに映ってるんだから誰が見ても同じ……アイタッ! 何すんのリンダ!」 ††††† 「すっごいねー、この人達」 白詰智広はテレビ画面に映し出される戦闘の模様を見ながら、すぐ近くの男に同意を求めた。 「ああ、本当だね」 智広の視線の先にいる男――赤羽ハルはなんとなしに、それでも無関心というわけでは無い様子で同じく画面を見つめている。戦う2人は共に、ハルと同じく改変前の世界でのトーナメント――キング・オブ・トワイライトの参加者だ。特に聖槍院九鈴は一回戦の対戦相手の1人で、今まさに披露しているトング道には苦戦させられた。三つ巴であったこと、高島平四葉の戦力があまりに規格外であったことに救われ結果的に自分が勝利したが、高島平四葉が現れなければ勝てていたかはわからない。 以前の世界では弟に手をかけた自分を憎み狂気に走っていた九鈴も、今の世界では家族と幸せに暮らしている、らしい。対して雨弓は恋人を生き返らせることが願いであり、そして改変後の世界においても、その恋人とやらは生き返ってはいないという。 「どうしたのハル君?」 「ああいや、何でもないよ」 突然じっと顔を見つめられた智広がやや恥ずかしげに問うのでハルは慌てて誤魔化した。 「そろそろシチューの具合を見ないとね」 台所でコトコトと音を立てる鍋の蓋を取り、アクを掬いながらハルは考える。もしも智広さんが死んだら、と……。彼女が死に瀕していた事実、彼がそれを阻止するため戦った過去からすればろくでもない想像ではあるが、しかし今は健康体な智広も突然に、今度こそ喪ってしまうことだってあり得る。勿論ハルに置き換えても言えるが。 ――もう「負債」は解消されているけどそれとは別に、智広さんが死んだ世界で俺は生きていけるかな? 後を追って命を断つかな、でもきっと同じところへ行けないだろうな――。 あまりにも暗い方向へ向かいそうで、ハルは一旦考えるのをやめる。智広は後どれくらいで出来そう? と嬉しそうな顔で訊いた。 それでも、以前の世界でそうだったようにハルは思う。もしも自分がこの先死ぬことになるなら、智広には――。 ††††† 2人の戦闘はその舞台を屋外に――ビルの壁面に映していた。両者とも壁で、それもはりつくのでは無く地面に水平に立って戦っているのだ。 九鈴は足で巧みにトングを操り、壁の凹凸を掴んで立っている。雨弓は足の指で同じことをして。指の力もそうだが、全身の恐るべき筋力と体幹の強さがあって成せる業であった。 しかし戦いは、九鈴が優勢だった。壁面を大地の如く縦横無尽に駆けまわり、雨弓にも有効打を幾度か入れている。『タフグリップ』による固定に加え、「掴み」を骨子とする武術の達人である九鈴に対して雨弓のそれは素人芸と言わざるを得ない。「蛟」も使えず、不利な戦いを強いられることになっていた。 「それでも、なかなか綺麗に投げさせてはもらえませんね……」 「ははは、投げにくいのを投げる、突きにくいのを突くから面白いんじゃあねえの? お前に対抗しちまって壁面(ここ)に来たのは失敗だった気もするけどよ」 苦しい状況にも関わらず、雨弓の言葉は余裕だ。戦いに関して言えば、雨弓は苦境を楽しむ男である。 (それに、お前も来たのは成功なのか……?) 「路上の柔道はマジヤバイ」の言葉が示す通り、投技は叩きつける強固な大地があって活きるモノである。ガラス窓が規則的に嵌め込まれたこの壁面でその戦法は大きく制限される。無論地上に投げ落とすことは可能だが、パラシュートに使える武傘と雨弓の頑強さを考えればダメージを与えられるかも怪しい。 スタジオで見ているきららも、九鈴の選択に疑問を覚えていた。確かに現状移動力の差で有利に戦えているが、しかし決め技を放棄してまで手にしたい地の利なのか、と。 (不審に思われてる……かな? それにしても、不利なのに楽しそうだな雨弓さん。やっぱり好きなんだなあ、戦うのが) 稽古や試合ならともかく、九鈴は実戦を楽しいと感じたことは無い。前の世界では、ただただゴミを掃除する――その一念で動いていたが、こうして平和な世界で雨弓のために戦う今は――。 (勝ったら、雨弓さんとエッチ……雨弓さんの(多分)おっきなおちんちん……) その先に手に入るものに思いを馳せることで、戦いに歓びを見出そうとしていた。 (でも、その前にちょっとサービスしてあげよう) 九鈴はそれまでよりも腰を下ろし、足をさっと開く。雨弓は、気配を完璧に殺していたはずの自分の奇襲に完全に気づいていた。何故か。雨弓の「睫毛の虹」の真髄は光の屈折を操ることにあり、雨弓はそれによって通常なら目に届かない角度の対象をも見ることが出来る。幼少の頃、雨弓が自慢気にそうした応用を見せていた。無論それは戦闘においても非常に有用であり、例えば自分が背に何かを隠していても、事前に知ることが出来るのだが、今、雨弓には見えているはずだ。 ――先程割れたガラスに引っ掛けてしまった袴の穴から、自分の生尻(九鈴は着物の時はノーパン)が覗いているのが。 「九……っ」 雨弓の顔がサッと赤くなる。尻が見えただけならともかく、先日あんなことになった相手であること、また、覗きめいた形で見えてしまった罪悪感も手伝っていた。 (やっぱり童貞ですね雨弓さん……可愛い反応。 でも、隙あり!!) 壁面を離し、九鈴は跳んだ。自ら宙に身を投げ出したことに雨弓は些か驚くが、更に次の瞬間、彼は目に見えぬ何かに強大な力で身体の自由を奪われるのを感じた。それを生み出しているのは勿論、今宙にいる九鈴が振るうトング。 「風神(エンリル)がハタキを振るうと風は塵芥を率いて彼に従った」 (こいつぁ……空気を) 周囲の大気に巻き込まれ、立っていた壁面ごと引き剥がされて宙に浮く雨弓の身体。ここで初めて雨弓は九鈴がここへ登ってきた理由に気づいた。膨大な大気と自分が巻き込まれないだけの広い空間、この技にはそれが必要なのだ。 九鈴は雨弓の身体を持ち上げつつ、足のトングでも同じことを行っていた。大量の空気がトングに掴まれ動かされたことで生じた真空地帯に周囲の大気が急激に流れこみ、ごく狭い範囲で竜巻めいた暴風が吹き荒れる。その回転のエネルギーを、九鈴は合気の理法により、投げの力へと変換していた。 真の「遁具」(トング)使いが操るは五遁のみにあらず――風遁“真空気投げ”!! 竜巻はビルの壁を抉り、緑地の木々を根こそぎ吹き飛ばしていく。雨弓の巨体もこの技に巻き込まれては風に舞う木の葉のごとく頼りなげで、為す術無くかき回され、強大な遠心力が彼の意識を奪い、肉体を破壊する。 今この場において無事なのは技を放った九鈴のみ。彼女自身もビル内で撃てばただでは済まぬであろう、聖槍院流屈指の大技である。 吹き荒れた風もやみかけ、九鈴は大地へと降り立っていた。暴風でデタラメな方向から打ち付けていた雨も今はしとしとと降り注ぐだけ。 「勝った……」 大きく深く息を吐く。大技を放った代償は流石に大きかった。しかし見上げた先には、上空数十mで持ち上げられ、今落下せんとする雨弓の身体。彼の頑強さならば恐らくはまだ生きているだろう、が、あの状況からではどうしようも無い。 「場外に落として、終わり」 再びトングを振り上げた。今のような大技は必要ない。ただ大気を掴んで、そっと投げるだけの……。 (……っ!?) 上空にあったはずの雨弓の身体が、投げられるだけの身体が、消えた。 「『睫毛の虹』……? 本体は……」 周囲を見回すも、雨弓の姿は無い。「空気投げ」から脱出した? どこで? どこに潜んでいるのか、エントランスホールの時と同じ構えを取り、雨弓の気配を探ろうとする九鈴に届いたのはガラガラと何かが崩れる音だった。視線を向けた先には、竜巻がビルを抉って出来た瓦礫の山。 「……」 現れたのは予想通り、血だらけの雨弓。ふらりと力無い立ち姿には幽鬼めいた威圧感があるが、しかしダメージの甚大さは言うまでもない。構えを解き、止めを刺さんと間合いを詰めようした刹那――九鈴の胸に、刃が深々と突き刺さっていた。 ††††† 九鈴の「真空気投げ」を受けた雨弓は九頭龍を全力で回転させた。それによって発生した猛烈な旋風で雨弓の身体を捉えていた風の流れはかき乱され、脱出に成功する。が、脱出と言ってもそれは弾き飛ばされたと表すべきで、ビルに激突し、共に竜巻に全身を削られ、数トンの瓦礫の下敷きという結果になる。 それは、雨弓が一度失った意識を再び取り戻す数十秒の間の、束の間の夢だったのかも知れない。 「雨弓君……」 「雨雫……」 その世界には、雨弓と雨雫の2人だけだった。無機質なビルの立ち並ぶ街で、そして全体が毒々しいまでの黄色で統一されている。 地面に座り込んだ雨弓を立って見下ろしたまま、雨雫は言葉を発する。 「雨弓君……私が死んでから8年、どうだった?」 切れ長の涼しげな瞳に見つめられ、雨弓はあまりに懐かしい感覚に暫し言葉を失うが、やがて口を開く。 「悪くなかったよ。 お前が死んだ時はそりゃ死にたいほど辛かったし、寂しいこともたくさんあったけどな。 畢や金雨はカワイイし、友達もいたし、それに……」 九鈴との戦いに触れようとして、雨弓は言葉を止める。雨雫の顔を見上げると、優しげに微笑む顔があった。 「よかったよ、雨弓君。私が死んでからも、不幸じゃなかったんだね。よかった……」 目尻に涙を溜めて、雨雫は言う。 「雨雫……俺は……」 「ありがとう雨弓君。それだけで十分だよ。私がいない世界でもキミは生きられる、それだけで。 楽しんでくれ、これからの人生も、九鈴と戦うのも……」 「しっ……」 何かを言おうとした雨弓は、金色の光に包まれ、消えていった。黄色い世界には雨雫1人が残されたが、そこに新たな声が響き渡る。 「済んだかい? 恋人との再会は」 「はい。ありがとうございました」 「いやいや、いいんだ。最近ますます黄色くなってしまったこの世界だが、誰かの役に立つなら」 雨雫の背後に現れた黄色いローブの男がそう言う。雨雫は前を向いたまま答えた。 「生きていた頃、彼の全てが欲しいと思っていました。 でもそれじゃいけなかった、そうならなくてよかった、と今は思います」 最後にまた一筋、涙が頬を伝って雨雫はつぶやく。 「雨弓君、ちゃんと虹は見えているみたいだね」 ††††† 「ハッ……ハッ……」 胸に突き刺さった刃は、気づくと消えていた。肉を刃が突き破る感覚も、激痛も確かに覚えているのにだ。 「今のは、『睫毛の虹』なんです?」 「まあ、そのつもりなんだけどな」 正確には、雨竜一傘流の「朧月」と呼ばれる技だった。気当たりや視線によるフェイント技で、雨弓はそこに幻影も織り交ぜて用いていたのだが、しかし受けた側が本当に攻撃されたと錯覚し、痛みも感じるなどそれまでにはありえないことだった。雨弓の魔人能力が彼の迸る殺意を具象化し、殺傷力さえ付与する域に至っていた。 九鈴の背筋を冷や汗が伝う。そして次の瞬間、が赤い杭に貫かれていた。 (また……幻……!?) 夢か現かを確かめるより先に雨弓へと目を向ける。そこに確かに雨弓は立っていたが、次の瞬間消失していた。 「なっ……う!!」 九鈴は反射的に横に跳ぶ。少しでも遅ければ終わっていただろう。左腕に大きな風穴が空き、そこから下が宙を舞う。今度は現実、そして雨弓が消えて見えたのも恐らくは。 「いいな……やっぱりお前はいいわ。 お前と戦ってて、さっきの夢のせいかもだけど、心底思えたよ。戦いはやっぱいい。 雨雫が死んでも、いいんだなって。色々楽しんで」 九鈴には要領を得ない話を雨弓は語る。 雨雫が死んで以来、彼女を殺して以来、強敵を相手にしていてもどこか靄がかかったような感覚を常に抱えていた。それが今は無い。 「何だかよくわかりませんが、良かったです。私は戦いが楽しいってまだわからないですけど……。SEXは楽しめます?」 「ああ、いいぜ! しよっか」 「!?」 「ハハハ、まあこれ終わったらな。こっちの方が今は楽しいし」 数日前の夜とうってかわって軽い調子で雨弓が答えるので、九鈴は自分の方が動揺してしまう。この童貞野郎、と心中で毒づいた。 「そろそろ着けようぜ、決着」 「はい……」 とうに夜の帳は降りて、闇が世界に満ちる。その中、間合いを取って対峙する両者の得物が淡い赤光を放っていた。 武傘「九頭龍」とトング「カラス」、共に血に染まってきたことを帯びた燐光が示している。 「あれ、幻術なんですかね?」 「さあ……」 光素やきらら、ゾルデリアに観客たち、カメラを通じて見ているはずの者達にも見えていた。 2人の戦士の背後で今まさに雌雄を決さんとする、赤い龍とザリガニの姿が。 最後の勝負は無言のうちに口火を切られる。 走りだしたのは雨弓からだった。もはや能力で消えることは無い。瓦礫の小片が数多く散らばった地面では「蛟」を用いても無音の移動は不可能。疾く疾く、ただシンプルに、九鈴へと迫っていた。 全くの同時に放たれる九条の剣閃。無論幻術なのは九鈴も承知だが、以前と違うあまりのリアリティに反応しかける。 (自分を信じろ……九鈴) 彼女を動かしたのは知性なのか経験なのか、それとも超感覚的な何かなのかはわからない。九鈴は蹴りを放つかのようなフォームで、雨弓に落とされた左腕が握るトングを拾い上げる。 『タフグリップ』、掴んだ空気を圧縮して、固定。トングの先端が狙うは雨弓の胸。トングを突き立てた瞬間、能力を解除し圧縮した空気を体内で爆発させる。雨弓の真実の刺突は体勢を大きく後ろに倒した九鈴の頭上を掠めていった。 (届け……!!) 九鈴が放った致命の一撃はしかし、届くことは無い。九鈴の頭のすぐ後ろで爆音。武傘が一度だけ放つことが出来る、突剣を速射砲の如き威力で噴出させる奥の手である。「蛟」の状態でそれを放った波動は雨弓の身体を後退させる。 渾身の一撃を外されたこと、そして頭のすぐ後ろからの爆裂音が九鈴に致命的な隙を生む。 ――雨竜一傘流「雨宿り」。傘を模した雨弓の貫手が、九鈴の胸を貫いた。 ††††† 「そうですか、雨雫の夢を……」 「ああ」 決着後運ばれた病院の食堂で、雨弓と九鈴が話している。病院食をマズイマズイと言いながら凄まじい勢いで平らげていく雨弓に九鈴は呆れるが、やはり笑って、楽しくなってしまう。 「ところで、その……『アレ』のことですけど……やっぱり少し待ってもらえませんか?」 「ん……そうだな、実は俺もそんな気がしててさ」 雨弓の筆おろし(では無いのだが)について、いまさら恥ずかしそうにする九鈴の言葉に雨弓も同意する。戦闘中ハイになっていたのが冷めたからだろう、と2人は思っていたが、本当の原因に気づくことはない。 「雨雫さんもなかなか未練がましくありません? 寝ている2人の意識に『まだ早い』『まだ早い』って」 2人の様子を少し離れた場所から見ていた光素は視線を横にずらし、そこにいる彼女にしか見えない存在に語りかける。 『そ、それは……ただ純粋にまだ恋人でない2人がすべきじゃないと思っているだけで……いずれそうなること自体はめでたいさ』 雨雫は顔を赤らめてそう言う。言葉通り、談笑する2人を見つめる視線は優しげだ。 「今度休日にでも、みんなで水族館行こうぜ。なんかスゲーデカいグソクムシがいるんだってよ」 「いいですね! 後、海洋博に戦艦も見に行きましょう」 「せ、戦艦?」 『チャラ男の王の恩恵はキミにもあったぞ、と言えないのは少し申し訳ないけれど』 世界がこの先どうなるのか、2人の関係がどうなるのか、それは誰にもわからないが、2人の人生のが続く限りは彼らの傍らについていよう。雨雫はそう思って、窓の外へ視線を向ける。雨上がりの空には、弓なりの虹がかかっていた。 ふいても、ふいても湧いてくる、涙のなかでおもふこと。 ──あたしはきつと、もらい兒よ── まつげのはしのうつくしい、虹を見い見いおもふこと。 ──けふのお八つは、なにか知ら── (睫毛の虹:金子みすゞ) Fin. このページのトップに戻る|トップページに戻る
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class MyClass def __init__(self) # コンストラクタ self.name = "" def getName(self) # getName()メソッド return self.name def setName(self, name) # setName()メソッド self.name = name a = MyClass() # クラスのインスタンスを生成 a.setName("Tanaka") # setName()メソッドをコール print (a.getName());
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エキシビジョンSSその1 真っ白なシーツのパイプベッド。クリーム色の天井。 腕に繋がれた点滴とバイタルサイン監視装置。 心拍に同期した電子音が規則的に鳴っている。 雪山で敗れた後に見たものと、まったく同じ光景。 『音玉』以降の記憶がない聖槍院九鈴(せいそういん くりん)は、集中治療室で自身の勝利を知った。 「うっふふー。ゆっくり休んで良くなってくださいね」 九鈴の治療を担当した、天狂院癒死(てんきょういん いやし)が優しく声を掛けた。 ……彼女もまた、チューブに繋がれてベッドに横たわっている。 むしろ九鈴よりも重篤な雰囲気だ。 大会医療スタッフである、癒死の治療能力《開腹術》は凄惨な技だ。 彼女の体内には治癒の力が宿っているが、その力を発揮する方法がとてもグロい。 自身の腹部を切り開き、取り出した臓物を負傷者に押し当てて治療するのだ。 開腹した激痛で癒死本人も絶叫しまくるし、それはもう地獄のような光景である。 だが、死者すら回復させるその治癒力はすごいし、とても優しい慈愛の人なのだ。 でもやっぱり治療方法が恐いので、あまり周囲に好かれてはいない。かわいそう。 決勝戦を目前にして大会の枠組みが崩壊した際に、ワン・ターレンは姿を消した。 転校生である彼は、活動に制約があったのだろうと思われる。 彼のいない今、瀕死の九鈴と遠藤終赤(えんどう しゅうか)を回復させられるのは癒死だけであった。 結果として、彼女自身も重傷となり三人仲良く集中治療室で枕を並べることになった。 終赤の意識はまだ失われたままだが、いずれ回復することだろう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「やあ九鈴さん。ひっさしぶりー! 具合はどうかな?」 馴れ馴れしい態度で病室を訪れたのは、赤羽(あかばね)ハルだった。 お互い試合の映像は見ていたが、直接顔を合わせるのは雪山以来だ。 「まあまあですね。優勝、おめでとうございます」 意外な見舞客に驚きながらも、九鈴は穏やかな笑顔でハルの優勝を称えた。 推理光線で一度は斬り離された右手を、握って、開く。 本来の調子が戻るまでには、まだしばらく時間が必要だろう。 「ハハハッ、なんか憑き物が取れたって感じだな。あんたも裏の優勝、おめでとな」 そう言うハルも、何か重荷から解放されたかのような様子だった。 何から解放されたのか、それはハル本人も理解してはいない。 既にハルの意識から、白詰智広(しろつめ ちひろ)という女性の存在は消えているのだ 「で、九鈴さん。逮捕されるってのは本当か? 掃除は……もういいのかよ?」 「ほんとうですよ。世界の掃除は、七葉グループがやってくれます」 裏トーナメント優勝の副賞として、九鈴が望んだ物は、関東を覆う瓦礫の撤去だ。 自分自身ができる掃除より、グループの為す掃除の方がより大きいと九鈴は判断した。 だから、遠藤終赤との戦いに備えて敢えて自首したのだった。 「ぜんぶ自分で掃除しようとするのをやめたのは良いことだな……」 ハルは少し躊躇いがちに、来訪した理由について切り出した。 「だが、七葉の奴らは賞金と副賞を踏み倒す気だぜ?」 「じょうだんでしょう? そんな不実な真似が許されるわけがありません」 「ところが冗談じゃないんだな。なぁ……天狂院癒死さん?」 「え、私? なんで私? 知りませんよそんなこと」 急に話を振られて、隣のベッドで半分寝ながら聞き耳を立てていた癒死が慌てる。 オロオロする様子が可愛らしい。治癒術がグロいのが本当に残念だ。 「七葉は既に大会から手を引きかけている。ここでの治療は癒死さんの自腹なんだろ?」 この場合の『自腹』とは、能力《開腹術》のことではなく、普通の意味の自腹である。 「はい……そうです……。一度引き受けた仕事だし、怪我人をほっとけないし……」 癒死は決まり悪そうに壁の方を向いて、小声で答えた。 「そんなわけで困ってるんだ。賞金もらえないと俺、死んじまうんだぜ」 「わたしもこまる……。そうじしてくれなきゃ……。そうじを。そうじをそうじを……」 九鈴の目つきがおかしくなり、ブツブツ独り言を始めた。 なんか聖書めいた謎のチャントも混じり出す。危険な状態だ! 「だからさ、よかったら来週、一緒に神社へ行かないか?」 デートに誘うような口調で、ハルは九鈴に提案した。死のデート・・・・ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 参加選手契約書 第八十二条 乙(せんしゅ)が本契約または甲(しゅさいしゃ)の運営に疑義のある場合、 甲の開催する大会運営会議の場にて乙は疑義申し立てをすることができる。 よくよく調べてみると、これがふざけた条項だった。 大会運営会議には、七葉グループの七財閥頭首が一堂に会する。 その会議は、グループと縁の深い夏菅大社(かすがたいしゃ)の祭殿で開かれる。 夏菅大社は雷公・菅原道真を祭神とし、近畿辺境の小さな山、三傘山(みかさやま)の山頂にある。 また、三傘山を囲むように、七つの下宮が配置されている。 夏菅大社は厳重な結界に守られていて、関係者以外は立ち入ることができない。 結界を解除するためには、下宮の本尊である七つの宝珠が必要になる。 会議開催中その宝珠は、七葉の各財閥が擁する最強の魔人が守護しているのだ。 会議の場に参加するためには、七つの宮を巡って七人の魔人を倒す必要がある。 つまり、疑義申し立ては事実上不可能。 ――ハルと九鈴は、それをやろうとしている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 一ノ宮に辿り着いたハルと九鈴を、奇怪な男が出迎えた。 背中に大きな穴のあいた経帷子(きょうかたびら)を纏い、身長2mを越える痩身の巨人。 顔面と両手両足には、有害毒電磁波から身を護るためのアルミホイルを巻き付けている。 「我が名は……“破壊光線”の灯台寺鹿苑(とうだいじ ろくおん)……」 ワシャワシャとホイル同士が擦れ合う音と共に、第一の守護者が自己紹介した。 「滅びの定めに抗う愚か者よ……裁きの光を受けるがよい……」 能力名《レーザーストーム・クライシス》! ハルと九鈴の全身に照準マーカーが多数出現! 灯台寺の背中から光が放たれる! 放たれた光は美しい曲線を描きマーカーに向かってゆく! ハルは横に飛んで避ける! 九鈴は壁を蹴って上空に避ける! だがレーザー光線はマーカーを自動追尾し――全弾命中! ハルと九鈴は体勢を崩して胴体着陸! 「ハッ! イカレたカルト野郎が!」 日本銀行拳! ハルの指が弾いた硬貨たちが灯台寺を狙って飛ぶ! 「そうじをします……」 九鈴はダウン姿勢からの地を這うようなダッシュで間合いを詰める! 再び大量の照準マーカーが出現! 硬貨の弾丸とハルの身体と、トングを持つ手と九鈴の身体にレーザーが命中! 吹き飛ばされる硬貨! 手の痛みでトングを危うく取り落としかける! ハルと九鈴にに大ダメージ! 灯台寺は依然として無傷! 「一対二だろうと関係ない……我は神の光と共にあるのだ……」 「なぁ九鈴さん。今月、金欠でさぁ……良さげなトングを一本貰えないかな?」 「しかたないなぁ。金欠はいつものことなのでしょう?」 ハルの意図を察した九鈴は、懐から小振りなトングを取り出してハルに向けてトスする。 だが、空中のトングを照準マーカーが捉えレーザーが飛ぶ! 「遅ぇんだよ!」 レーザー着弾より一瞬早く、ハルの掌がトングを弾きながら《ミダス最後配当》で換金! 聖槍院家準家宝、小トング『オサキ』60万円! 60万枚の一円玉弾丸が灯台寺を襲う! 激しいレーザー連射で応戦するが到底防ぎ切れる数ではない! 大量の一円玉を全身に食らって吹き飛ぶ灯台寺を、急接近した九鈴のトングが捉える! 投げ飛ばし床に叩きつけ、うつ伏せに《タフグリップ》でトング固定! 「流石の神サマも、1対60万じゃ勝てなかったみたいだな?」 ハルが灯台寺の後頭部を踏みつけ、その顔面を床に押し付けながら嘲る。 対象を視認しなければ《レーザーストーム・クライシス》は発動できないのだ。 「どちらがおすき? 大人しく宝珠を渡して気絶させられたい?」 九鈴がトングを鳴らしながら質問する。 「それとも、殺されてから宝珠を奪われたい?」 一ノ宮 “破壊光線”の灯台寺鹿苑:トング裸絞めにより意識不明 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 二ノ宮の守護者、“剣闘士(グラディエーター)”の守羅紗(すらさ)リオ。 朱色の巨大剣を持ち、黒いゴチック様式のドレスに身を包んだ女性である。 ドレスの各所にあしらわれた赤いアクセントが禍々しい。 だが、それ以上に禍々しいのが左手に持った古く赤い本――殺戮文書『ラティス卿』。 「一人で来るとはよー、アタシを舐めてんの?」 リオは整った顔を歪ませ、ガラ悪く凄んだ。 「いやいや、『古本屋』を甘く見たことなんか一度もないし、二度と戦いたくもない」 ハルは正直な心の内を吐露した。本当に、古本屋とはもう関わりたくない。 「生憎時間がなくてね。九鈴さんと仲良く宮巡りしてる暇はなかったんだ」 懐から紙幣を取り出し、両手に構える。日本銀行拳によって紙幣に鋼の如き鋭さが宿る。 「どーでもいーけどな。殺すし」 リオは赤い魔導書のページを繰り、スペルを編集する。 ラティス卿の編集コンセプトは『携帯する珪素生命体』。 フィーン。フィーン。フィーン。フィーン。 奇妙な甲高い音が響き、赤く輝く怪物が四体出現した。 そいつらの手には、リオと同じ朱色の巨大剣が握られていた。 赤い光の怪物が一斉に襲いかかる! 振り下ろされる四本の巨大剣! ハルは身をかわしながら巨大剣の側面に手を当て換金を試みるが換金不能! 怪物どもの巨大剣は通常物質にあらず! 紙幣による斬撃で怪物の一体を狙う! 手応えなく斬撃がすり抜ける! 怪物どもは実体にあらず! 「ハハハハッ、無敵の召喚キャラとはまいったな!」 怪物どもの足元の床を《ミダス最後配当》で換金! 崩れた床に怪物どもが落ち……落ちない! 存在しない床に足をふんばる怪物たちによって、巨大剣が振り回される! 紙幣の刃で抗戦するが、巨大剣四本と紙幣二枚では手数と斬撃の重さが違う! 避け損ねた巨大剣が、ハルを打ちのめす! 骨の砕ける感覚! これは刃物よりも鈍器に近い! 「クッ……だから古本屋どもとは関わりたくないんだよ!」 よろめきながらリオ本体へ硬貨の指弾を飛ばす! 実体のない赤い怪物を突きぬけて三枚の硬貨が飛ぶ! リオは巨大剣の幅広い刃で、つまらなそうに硬貨を受け止めた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 襲い来る無数の刃を、トングで弾く! 弾く! 弾く弾く! 二ノ宮を守護する“放置プレイ”の張(チャン)・カルロスは結跏趺坐したまま動かない。 自動追尾の刃が、カルロスの周囲に次々と生成されて九鈴を襲う! 刃の雨を踊るように掻い潜り接近! 二本のトングを同時に突き出す! 宙に浮かんだ刃が密集して刃の壁を形成! トングの突きを跳ね返す! 刃の壁は迅速に解散してすぐさま自動追尾攻撃! 九鈴は後方宙返りで離れながら袖口から取り出した小型トングを投擲! 再び刃の壁が生成されて投擲トングをガード! 九鈴の着地点目掛けて刃が殺到する! トングで刃を弾く弾く弾く! 「そろそろ諦めて、大人しく四肢切断(カランバ)させて欲しいねぇ」 カルロスは褐色の肌の青年だ。 彫りの深い顔の黒い瞳に、下劣な喜びへの期待がありありと浮かんでいる。 彼は女性を解体するのが大好きなのだ。 カルロスは降り注ぐ刃を弾き続ける九鈴の舞をうっとりと眺めていた。 美しい。なんて優雅なダンスだろう。 そして数分後には、その姿はバラバラの肉塊に変わるのだ。 世界はなんと無慈悲で残酷なのだろうか。 カルロスは結跏趺坐したまま動かない。 悲鳴を上げながら引き裂かれる九鈴の姿を、ただ想像している。 戦闘は、彼の生み出す刃たちが自動的に終わらせてくれる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 地に倒れるハルに、四本の巨大剣が振り下ろされる。 ついに命運尽きたかと思われたその時! ハルと赤い怪物たちの間に、突然、影の壁が出現し巨大剣を防いだ。 「赤羽の旦那ァ、ずいぶん苦戦してるじゃないか。イイ気味だぜ」 『馬鹿者。仮にも君は私の従者なのだぞ。下品な口は慎みたまえ』 古本屋・相川(あいかわ)ユキオ! その手には殺戮文書『ノートン卿』! 空飛ぶ刃が九鈴の右側に集中する! 右手は癒合したばかりで動きが鈍く、防御をすり抜けた刃が九鈴に突き刺さる! 態勢を崩した九鈴に刃が殺到する! その時! 黒いスーツの男が、素早いナイフ捌きで刃を叩き落とした! 「あんたにここで死なれちゃ困るんだよ。俺が死刑求刑できなくなるからな!」 魔人検事・内亜柄陰法(ないあがら かげろう)! 能力発動。《ロジカル・エッジ》! 『涙モノのツンデレ発言』から催涙弾を生成! 四ノ宮。“初見殺し”の疾風雷禍(はやて らいか)は、殺気を感じて身をかがめた。 一瞬前まで首のあった位置を、絞殺ワイヤーが通過する! 疾風は振り向きざまに日本刀を抜き居合い斬り! 飛び離れる黒い影! トリニティの無量小路奏(むりょうこうじ かなで)だ! 奏は空中で射手矢岩名(いてや いわな)に姿を変える! 岩名は銃器生成能力《ニューヨークリローデッド》で巨大な放水銃を生成! そして、水色の髪の栗花落三傘(つゆり みかさ)に姿を変える! 「雨弓(あゆみ)先輩からの頼みなんだ! 僕たちは必ず勝つ!」 「フッ……雑魚が迷い込んできおったか!」 疾風は刀を鞘に戻し、三傘に向かって走る! 三傘、放水開始! 操水能力《レイニーブルー》で強化された超破壊力の奔流! 「セニオ様の奇跡は、時空を超えて私の祖国まで甦らせてくださいました」 「だからネ! セニオっちの戦いに泥を塗る奴は、アメちゃん容赦しないヨーッ!」 五ノ宮には姫将軍ハレル&参謀喋刀(さんぼうちょうとう)アメちゃん+98! 対するは弁髪の老人、“デアデビル”の飛白狼(フェイ・パイラン)。 白狼は無言で拳を構える。形意拳・狼の構え! “先制攻撃 First strike”+“火炎草” ハレルが遠間から参謀喋刀アメちゃんを振るう! 剣身から火炎弾が放たれる! 丸い超肥満体型に、赤緑縞模様の道化師衣装。 手には無数の風船を持ち、顔にはクラウンメイク。 六ノ宮の守護者は、場違いに陽気な姿をした“いつもニコニコ”の追原覇王(おうはら はおう)。 その前に、場違いに幼い少女が現れた。 「指揮装甲車(エルシーブイ)も出ないし、TA-35(ロボット)も出てこない。どうやら私はもう『世界の敵』じゃない」 少女は独りごちた。自分が何者であるのか見失い、戸惑っていた。 「だけど、九鈴さんの邪魔をするんだったら――高島平四葉(たかしまだいら よつば)は、おまえの敵だよ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。 一見、普通の車両だが、スモークガラスに隠れた後部座席から怪しい光が漏れる。 違法ギリギリの改造が施された『四ツ目興信所』の車両だ。 後部座席には、各種通信機器や武装が満載されている。 「よし、見えた……けど、アレってなんですかね。人間の形じゃないですよ?」 運転席の翅津里淀輝(はねつり でんき)が、七ノ宮を見ながら言った。 魔人能力《目ッケ!(アイスパイ!アイ)》の遠隔視で、異形の敵を捕捉したのだ。 「どれどれ……ゲッ、脳味噌が水槽の中に浮かんでやがる。なんなんだコレ……」 淀輝の誘導に従い、対象を目視した雨竜院雨弓(うりゅういん あゆみ)も絶句した。 光の屈折を操作する《睫毛の虹》によって対象の直視経路が開かれている。 「魔人だね! 能力名《R-180(アール・ワンエイティ)》。絶対防御フィールドを前方に生成するよ!」 雨弓から視界を渡された、兎賀笈澄診(とがおい すみ)の可愛らしい目が眼鏡の奥で不気味に光る。 《フォーアイズ アナライズ》による魔人能力の完全把握! コワイ! 「コードネーム“不可侵”のザ・ダムド……わかるのはこれだけです。すみません」 「ん~。あたしも知らない名前ねぇ~。研究所で作られた人造魔人ってトコかなぁ~?」 兎賀笈穢璃(とがおい えり)と偽名探偵こまねの、諜報力と分析力が敵情報を補足する。 ただし、ザ・ダムドに関してだけは有益な情報は得られなかった。 「ま、物理完全防御ってことなら、光と音のファンタジーを楽しんでもらおうぜ」 「えぇ~。戦闘に参加する場合は追加料金だからね~」 「そこは遊園地同盟のよしみでサービスしとけよ。な、リーダー。ハッハッハ」 「こーゆー時だけリーダー扱いしないでよぉ~」 愉快そうに話しながら、屈強な雨弓と華奢な駒音(こまね)が連れ立って七ノ宮へと向かった。 ――ふたりの背中を見ながら、穢璃は言い知れぬ不安を感じていた。 (裸繰埜(らくりの)……?) 形のない不安に包まれた穢璃の脳裡に、憎むべき敵一族の名前が浮かんだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『やはり逃げ延びておったか! 我が盟友オレイン卿に仇なす腐れゾッキ本め!』 いままで無言だったラティス卿が、ノートン卿への敵意を顕わにした。 『相手に不足なし。征くぞユキオ、勇ましく進軍せよ!』 「嫌です閣下。俺は逃げるためにココに来たんですよ」 ユキオはスペルを編集し、二ノ宮の広大な堂内に影の迷宮を張り巡らせる! 踵を返して影の階段を登り迷宮に逃げ込むユキオ! 「赤羽の相手はアタシがするよ! 相川ユキオをブッ殺しな!」 朱色の巨大剣を振り上げ、リオがハルに襲いかかる! 『うむ。腐れゾッキ本を引き裂き馬舎の敷き藁にしてくれよう!』 赤い怪物どもがユキオを追って影の迷宮へと乗り込んでゆく! 撃ち込まれた催涙弾の煙がカルロスの姿を包み込む。 内亜柄は早口で一気に説明した。 「奴の《フェイテッド・イージネス》は自動で攻撃と防御を行う空飛ぶ刃を生成するクソ能力で特に防御力は高く物理攻撃は一切通用しないレベルだが制約条件としてカルロスの野郎は能力発動中その場を動けねぇから催涙弾で奴をいぶり出し動いた所をコイツで仕留めるって寸法だ」 手元に『速い』投げナイフが次々に生成される。 カルロスが一歩でも動けば内亜柄のナイフが神速で飛び、それで決着だ。 放水銃の大出力に《レイニーブルー》を上乗せする! その破壊力は特II型駆逐艦・敷波を一撃で中破させるかもしれない程に凄まじい! さらに飛び散った水も操作し、四方八方から水の槍が疾風を襲う! 疾風は致命的な主砲を巧みに避けつつ、周囲からの包囲槍撃は居合いで相殺する! 「“針の雨”!」 大破壊力攻撃は命中しないのを悟った三傘は、水滴を無数の針弾に変えて範囲攻撃! しかし疾風は超高速連続居合い! 針弾の大半を切り落としダメージは蚊に刺された程度! 気付いた時には既に居合いの間合い! 三傘はパラソルを開いて疾風の視界を塞ぐ! そしてすぐ閉じる! ……パラソルが閉じた時、そこに三傘の姿はなかった。 水浸しの床に、水色のパラソルがぱたりと落ちた。 白狼は滑るような足捌きで僅かに身体を横に逸らし紙一重で火炎弾を回避! そして一転、獣の如き荒々しい踏み込みでハレルに迫る! ハレルは袈裟懸けにアメちゃんを振るう! 白狼は紙一重で回避! 能力《至近の神代(かみしろ)》が発動! 白狼の全身が青白く輝く! 2秒間無敵のサイキック・バリアー! 攻撃を紙一重で避け続けテンションを上げることで無敵時間を得る白狼の特殊能力だ! ハレルは手甲による防御を試みるが、無敵モードに入った白狼の攻撃はガード不能! 餓狼の牙のような型の両拳がハレルの肩に噛み付く! 平服甲冑の肩当てが砕け飛ぶ! 「ヒョホホホ。ウェルカム・トゥ・ザ・ファンタジィ・ワアァールド!」 ピエロ姿の追原が手に持った風船を割ると、中から出てきたのは七連装ショットガン! 風船を通じて異世界の超兵器を購入する追原の能力《幻想商店街》! 「へー。面白そうな武器だね」 四葉の手には《モア》で強化複製した八連装ショットガン! 赤く光る怪物どもは影の城壁を平然と通過して迫って来やがる。 驚くようなことじゃない。相手はオレイン卿と同格の殺戮文書なんだからな。 スペルを編集して、右手に影の槍を生成。 絶賛壁抜け中の怪物が持つ朱色の大剣を、槍でひと突きする。 大剣が実体化して、影の壁に引っ掛かる。 ざまあみやがれ。これで少し時間が稼げる。 ユキオは大剣を引き抜こうとしている怪物に背を向 『時間稼ぎが狙いとは言え、逃げてばかりは感心せぬ。そもそも主人公たるもの――』 「お言葉ですが閣下。いかに偉大なる英雄たるノートン卿にあらせましても」 背を向けて駆け出す。 「今回に限っては、脇役なんですよ」 疾風は目を閉じ、三傘の気配を探る。 奏の奇襲すら感知し得た、疾風の察気術をもってしても三傘の気配は一切感じ取れない。 察気範囲をさらに広げる――四ノ宮全域を範囲に収めたが、やはりいない。 逃げたか――疾風の気がわずかに緩んだ瞬間! 突然三傘が姿を現し、疾風の脇腹をパラソルの突きが貫いた! パラソルの付喪神である三傘は、自分自身の一部であるパラソルの中に姿を隠せるのだ! 三傘の奥の手、奇襲技“ミカサノヤマニイデシツキ”! 疾風は居合いで反撃! 三傘はパラソルを引き抜き受ける! 「ふむ……雑魚呼ばわりして失礼した。拙者も奥義にて御相手仕ろう」 疾風は居合いの構え! ただならぬ殺気が溢れる! 【刀語[特](本日の使用回数:13)(使用時間・単位分:7,059)】 「いやいやまいったネ! ヨソウドーリの強敵だヨ!」 「私の剣……完全に見切られてた」 「相手はハレっち以上に百練千摩! おまけに美術館の戦いもしっかり見てるっポイ!」 「紙一重の回避に失敗しても“おいはぎの曲刀”で肉体ダメージはなし……」 「ストップ! いい加減ソレの反省はやめるコト! アメちゃん逆に怒るヨ!」 「ごめん……」 「サクセン立てるヨ! まだ見せてない手札でフイウチ! どう組み立てようカナ!」 「あのね、アメ。私思ったんだけど……」 「ナニ? アメちゃんがカッコいいっテ?」 「あいつの術、『あの魔法』に似てないかな?」 「あ! ソレダ! アメちゃんもソレ言おうとしてたトコ! ホントだヨ!」 …… ………… 【刀語[特]了】 細い身体のどこにこれほどの膂力が備わっているのか。 リオは朱色の巨大剣を軽々と振り回し、ハルを叩き切らんと暴れ狂う! 「まいったな! 怪物どもの相手のが楽だったかもな!」 日本銀行拳の紙幣斬撃が走る! 硬貨の指弾が飛び散る! 「アハハハハッ! 楽しいねー!」 リオは独楽のように回転し遠心力連続攻撃! ハルは靴裏に仕込んだ紙幣を強化して巨大剣を蹴り反動で高く跳躍! リオの頭上より指弾による硬貨の雨が降り注ぐ! 身体を捻って弾幕を回避しながら巨大剣の回転軸を変化させ垂直回転攻撃! 足裏でガードするが弾き飛ばされ、影の城壁に叩きつけられる! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! トリニティ・岩名の二丁マグナム乱れ撃ち! 疾風の居合い抜き! 刃が煌めき銃弾を切り裂く! 既に三傘は瀕死で戦闘不能。岩名も全身切り傷だらけだ。 ズタズタの赤いワンピースが、鮮血で毒々しい斑模様に染まっている! 「微塵となりて滅ぶべし――《塞狭斬》」 疾風の必殺剣! その論理特性は『初見回避不能』! 三傘が斬られた際に、岩名は既にこの技を見ている――しかし! (ふふふ、だからって二撃目なら必ず避けられるわけでもありませんからね) 岩名は避けない! 全身を九閃の斬撃が同時に切り刻む! BLAM! 後手カウンターでマグナム接射! 疾風の右腕が吹き飛ぶ! (奏……後はたのみましたよ……) 「そんなにうまく行くわけないよなぁ?」 催涙ガスの煙が晴れると、悠然と結跏趺坐したままのカルロスの姿が現れた。 周囲の刃が、風車のように組み合わさって回転しカルロス周囲の空気を浄化している! 「そして標的が二倍なら、刃も二倍だぜ! 二人まとめて解体(カランバ)だ!」 更に大量の刃が生成され、九鈴と内亜柄を狙って飛ぶ! 二人は背中合わせになって無数の刃を迎え撃つ。 トングが刃を弾く! ナイフが刃を弾く! 赤い怪物に追われながら、ユキオが影の城壁から飛び出してきた。 「そんじゃ赤羽、そろそろ撤退としようか!」 「オッケー!」 ハルは二ノ宮の壁面を《ミダス最後配当》で換金! ユキオと共に境内へ転がり出る! 壁面の穴が影の城壁で塞がり、中にリオを閉じ込める! パチパチパチ。焼けた木材のはぜる音。 密かにユキオが放った火が燃え上がり、二ノ宮を覆い尽くさんとしていた。 “跳躍 Jump” ハレルは床を蹴って宙高く舞い上がり、白狼の頭上に至る。 “飛行 Flying”+“三段攻撃 Triple strike” 空気を蹴って軌道を変え、急降下連続斬撃を仕掛ける。 しかし、それすらも白狼の対応可能な範囲内。 白狼は一瞬で放たれた連続三連斬を、全て紙一重で回避! テンションが高まり《至近の神代》の発動条件が満たされた! 三連続側転で居合い斬りを回避! 激しい動きだが胸はないので揺れない! ポニーテールも切断されているため揺れない! 全身からおびただしい出血! 誤解がないよう説明しておくと胸は切断されたわけじゃなくて元々ない! 《塞狭斬》は見切り、相手は右腕を失っている。それでもなお奏は劣勢であった。 居合いは辛うじて避け続けているが、奏のナイフも当たらない。 《サウンドオブサイレンス》の無音奇襲も、疾風の察気術には通用しないのだ。 追原が風船を割る! 禍々しく『16t』とペイントされた巨大鉄球が四葉の頭上に出現! 四葉はゴロゴロと床を転がり即死鉄球を間一髪で避ける! あと3mmズレてたらぺしゃんこになっていた所だ――雪山に散ったあの地球人のように! そして四葉はジャンプ! 「《モア》ーッ!」 禍々しく『16.5t』とペイントされた巨大鉄球が追原の頭上に出現! 「ギャアアアーッ!」 直撃したが追原はまだ死なない! とんでもなくタフネス! 二ノ宮が、赤く燃えている。 その壁面を斬り壊し、燃え盛るドレスを身に纏った守羅紗リオがよろよろと現れた。 リオは境内の池に飛び込み、衣服を消火した。その手に魔導書はない。 「アハハハッ! ラティスの奴が燃えちまった! 畜生、自由だ! これでアタシは自由だ!」 池の中に突っ立ち、涙を流しながらリオは大声で笑った。 彼女と『ラティス卿』の関係がいかなるものだったのか、それはわからない。 だが、魔導書を手にして幸せになった奴はいないし、幸せになろうとしている奴もいない。 それだけは確かなことだ。 内亜柄は大声で言った。 「どうやら梃子でも動かねーつもりだな! だったら俺がガードごと叩き潰してやる!」 巨大なハンマーを生成! 雪山で九鈴が持ち上げた氷塊よりもさらに巨大! 「んー? あんたそんなに怪力だったっけ? ハリボテのフェイク! つまり叩き潰す気無し!」 カルロスは内亜柄の台詞が嘘であることを冷静に見破り動かない! 「正解! あんたマヌケ面の割に賢いじゃねえか」 ゴウ! 巨大な光の柱が刃の防御を貫通してカルロスを包み込んだ! 内亜柄の大声による合図を受けた鎌瀬戌(かませ いぬ)の《ヒトヒニヒトカミ》だ! 「叩き潰すのは俺じゃないんだよ! マヌケ野郎め!」 奏はポシェットから文庫本を取り出し、ナイフで背表紙を切断した。 (……ゴメンね) 切り裂いた本に謝罪し、無音領域を展開! 小説の紙吹雪で敵の視界を奪う! 素早い身のこなしで奇襲を狙う奏! だが疾風は察気術によって奏の動きを全て把握している! ――ざくり。後方から飛来したナイフが、疾風の首を切り裂いた。 背後に仕掛けたナイフを、奏がワイヤーワークによって射出したのだ! 「パラソルの奇襲に反応が一瞬遅れていた。あなたの察気術は非生物の感知が鈍い」 「フッ……紙吹雪は視界封じプラス対察気術チャフ、体術全ては陽動か……見事なり!」 疾風の首から吹き出す血飛沫が、トリニティの勝利を告げた。 “警戒 Vigilance”+“先制攻撃 First strike”+“カラテ Karate Lv.3” 白狼が能力を発動しようとするタイミングを見極め一瞬早く! 場に満ちたテンション、すなわちカラテ・エネルギーをハレルが消費した! 異国より伝わりし特異な魔術体系カラテ! 「イイイヤアアアアアーッ!!」 ハレルは後方宙返りを打ちながら白狼の顎を蹴りあげる! 最高位カラテ呪文サマーソルトキックだ! +“二段攻撃 Double Strike”+“アメノハバキリ+98” ハレルは着地後さらに跳ぶ! もう一回転! 顎を砕かれて宙に浮いた白狼を、アメちゃんで垂直に斬り上げる! 白狼の服が“おいはぎの曲刀”の効果ですべて破れ散る! 垂直に吹っ飛ばされた白狼本体が天井に突き刺さる! 時空が歪み極太の波動レーザー砲が放出される! 追原の超次元収縮亜空間砲! 四葉も極太レーザー砲を発射! レーザー同士が二人の中央で激しくぶつかり合う! 渦巻く巨大なレーザー干渉渦は徐々に追原へと近づいてゆく! 四葉の出力が高い! (ぐぅ……すでに赤字でこれ以上はヤバいのだがやむを得ん!) 追原は懐の激痛に内心号泣しながら風船を割り、超次元収縮亜空間砲をもう一門購入! 「そんじゃあ私も《モア》!」 四葉も一門追加! 四本の極太レーザーが激突し、遂にブラックホールが生成された! ブラックホールは空間を削りながら追原の方へと向かってゆく! 「ギャーッ! 亜空間砲のブラックホールに吸い込まれ異次元に飛ばされギャアーッ!」 大穴の空いた、三ノ宮の屋根の上。 鎌瀬戌は澄み切った夜空に輝く星を見上げていた。 心の中で星を繋いで、女性の姿を形作る。 大好きだったシロ姉の姿なら、どこからだって見つけだすことができる。 (やったよ……シロ姉。この俺が他人(ヒト)の力になれたんだぜ……) 二ノ宮 “剣闘士”の守羅紗リオ:『ラティス卿』焼失により戦意喪失 三ノ宮 “放置プレイ”の張・カルロス:落雷により心肺停止 四ノ宮 “初見殺し”の疾風雷禍:出血多量により戦闘不能 五ノ宮 “デアデビル”の飛白狼:全裸で意識不明 六ノ宮 “いつもニコニコ”の追原覇王:消息不明 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 境内から少し離れた路上に、不審なパネルバンが一台、停まっている。 車両のそばに、二人の女性が倒れている。 少し離れた場所に、銃を手にした男性が倒れている。 三人は時折、苦しそうなうめき声を上げるが、それ以外の動きはない。 スモークガラスに隠れた後部座席の中で、通信機器のLED光がまたたいている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ハルと九鈴は、最後の七ノ宮に辿り着いた。 そこには、雨竜院雨弓と偽名探偵こまねが倒れていた。 砕け散った水槽。 脳味噌がひとつ、落ちている。 七ノ宮 “不可侵”のザ・ダムド:死亡 脳味噌を踏みにじり、女性がひとり、立っている。 医者であろうか――白衣を着て、大きなマスクをつけている。 その姿には、床板を濡らす液体の刺激臭が、よく似合っていた。 「やあ、ご苦労様。七葉グループのお偉い様方には一度挨拶したかったのでね」 白衣の女性は、ハルと九鈴に視線を向けて優しい声で言った。 「宝珠を集めてくれたんだろう? 感謝するよ」 「すまねぇ九鈴。しくじったぜ……」 呻くように、雨弓が言った。 「こいつは裸繰埜病咲風花(らくりのやみさき ふうか)……パンデミックの張本人だよ~」 弱々しい声で、こまねが言った。 「ほう。まだ喋れるのか。なかなか興味深い」 白衣の女性――風花は手に持った注射器型の拳銃を構えた。 「だが邪魔をされると困るので少し眠ってもらうよ――“死痲風(しまかぜ)”」 銃口から霧状にウィルスが噴射され、雨弓とこまねを包み込む。 ふたりは、一瞬で昏倒した。 「くろうの……かたき!」 九鈴は両手のトングをガシャリと鳴らし、怒りに満ちた戦闘態勢をとる。 そんな九鈴を、赤羽ハルは不思議な気分で見ていた。 自分も何か、こいつに対して怒るべき理由があったような気がする。 脳裡に、車椅子の女性がぼんやりと浮かんだが、それが誰なのかはわからなかった。 「ふむ。それは違わないかな? 九郎君の命を奪ったのは――」 風花は、自らが創り出したウィルスに感染した者のバイタル情報を感知できる。 それによって感染者が、どのように苦しみ、死んでいったかを観察しているのだ。 だから、聖槍院九郎がいかにして死んだかについても完全に把握している。 「ゴミが――しゃべるな」 九鈴のトングが唸りを上げて襲い掛かる! 眩暈でよろめくような動作で、風花はトングを回避し注射銃から“死痲風”を噴射! 二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲! 日本銀行拳! ハルが硬貨弾を連射する! 「ゴフッ! ゴフッ!」 風花は咳き込みながら床にばたりと倒れ、硬貨弾を回避! 自らに感染させたウィルスの発作を利用した酔拳の如きムーブメント! 旋回しながら飛び起き二人から離れる! 「随分と厄介なトングだな――“銑患(せんかん)コラプション”」 再び九鈴に向けてウィルス噴射! 二本のトングが素早く空間を掴み取る! 《タフグリップ》によるウィルス捕獲! だが……ウィルスを捉えたトングが腐食してゆく! 伝説の名工が隕鉄から造り出した名トング『カラス』が! 岩手県のみに産する特殊合金で造られた名トング『ナンブ』が! 錆びた鉄屑となって崩れ落ちる! 金属すらも感染させ滅ぼす、恐るべき風花の《アウトブレイク》ウィルス! 「トングが……バカな……!? ぐうっ……!」 動揺した九鈴をウィルスの霧が包み込み、昏倒させる! 「チィッ! なんて奴だ!」 ハルは床板を《ミダス最後配当》で換金して床下に潜りこむ! 素早く風花の直下に移動! 床を盾にしてウィルスを防ぎながら潜水艦の如く床貫通硬貨弾で攻撃! 「“朽木患(くちきかん)コラプション”」 ふらふらとした動きで硬貨弾を回避しつつ風花は床板にウィルス噴射! 床板が腐り落ち、風花も床下に潜る! その動きを読んでいたハルは、硬化した一万円札を手裏剣めいて投げつける! 眩暈ムーブによって一万円札を紙一重で避ける風花! しかしハルは《ミダス最後配当》の時間差両替炸裂弾を仕込んでいた! 至近距離で、一万円札が全て一円玉に換金――されない! 風花の全身を包むウィルスの毒気が一万円札を蝕み、貨幣価値を失わせていたのだ! 「ぐっ……がふっ……マジかよ……」 ハルの全身を“死痲風”が包み込んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ わたしはダメだ。 また、掃除できなかった。 ごめんね、くろう。 ごめんね、とうさん。ごめんね、かあさん。 わたしはよわい。 どうしてこんなに弱いのだろう。 トングになろう。 そうだ、わたしは一本の、決して折れないトングになろう。 幸せは要らない。未来も要らない。 愛しい弟を苦しめ死の淵に追いやった憎き敵。 その憎き敵の臓物を掴み、引き摺り出すことさえできれば。 ――それだけでいい。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 聖槍院九鈴が、ゆっくりと、力強く立ち上がった。 全身に力が満ち溢れる。憎き敵を滅ぼすための力が。 怨敵・裸繰埜病咲風花の元へと歩み寄る。 「まだ立ち上がれるとは! なんと素晴らしい被験者であろうか!」 風花は歓喜した。“死痲風”の直撃を喰らってなお立ち上がった者は初めてだ。 《アウトブレイク》のモニタリング能力で九鈴の生体情報を確認する。 ――バイタルサインが、読めない。 「おかしいな。では改めて感染してもらうとしよう」 注射器型拳銃から“死痲風”を再び噴出する。 ウィルスの霧が九鈴を包む! しかし九鈴の歩みは止まらない! 九鈴はトングになったのだ! 九鈴の身体を形作る細胞、ひとつひとつがトングなのだ! 体内に侵入した《アウトブレイク》ウィルスは、トング細胞によって挟み込まれる! そして《タフグリップ》により抑え込まれ即座にウィルス機能を停止する! 風花は狼狽した。“死痲風”連続噴射! 効果無し! 「化け物め! 近付くなーッ!」 九鈴の顔面に拳で殴りかかる風花! 頬に命中した拳は、そのまま頬の表皮細胞に《タフグリップ》で固定される! 緩慢な動作で、九鈴は風花の喉を掴み、押し倒した。 九鈴の右腕が、風化の胸にざくりと差し込まれ心臓を掴む。 「では、ころします」 淡々と、そう告げた。 「やめろ! やめろッ! 私を殺して弟が喜ぶとでも思っているのか!」 苦し紛れに風花が呻いた言葉に、九鈴の動きが止まった。 「ころしちゃ……だめだ……。くろうを……よろこばせなきゃ……」 九鈴は、心臓から手を離した。 「じっくりしなきゃ。ゆっくり……できるだけ、くるしめて……」 その表情は、満面の笑顔だった。 九鈴は今まで、楽しみのために殺人を行ったことはない。 くりんは、これから、はじめて、たのしんで、ころします。 みててね、くろう。おねえさん、がんばるよ。 九鈴の楽しそうな笑顔を見て、風花の脳内一杯に恐怖の感情が満ちた。 そして、風花の頭部は爆発四散した。 「九鈴さん……ぜんぶ自分で掃除しようとしちゃあいけないぜ」 ハルの撃ち込んだ日本銀行拳の硬貨が風花にとどめを刺したのだ。 「殺すのは、暗殺者の仕事だぜ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 長々と終わらぬ会議に、七葉樹落葉(ななはぎ おちば)は焦れていた。 結局のところ他の頭首たちは、賞金、副賞を払いたくないだけなのだ。 払わない理由が少しでもあれば、それに拘泥し、出し渋る。 理由がなければ、延々と理由を探し続ける。 14歳の若さにして七葉グループの総帥を務める落葉の権力基盤は不安定だ。 ゆえに、筋が通っていない意見に対しても、強硬な態度には出られない。 苛立つ落葉に、森田一郎(もりた いちろう)が音も無く近付き、耳打ちした。 険しかった落葉の表情が、少し緩んだ。 「諸君。話題の御二方が直接来たようだ!」 「馬鹿な……この僅かな時間であの『七人』を倒したというのか!?」 「おそろしい……」 「やはり奴らは『世界の敵』……!!」 「南無阿弥陀仏……」 落葉の台詞に、ざわつく権力者たち。 「ザ・キングオブトワイライト優勝者、赤羽ハル様。 並びに裏トーナメント優勝者、聖槍院九鈴様。お入りください」 森田に促され、ハルと九鈴が夏菅大社の祭殿に姿を現した。 その全身は傷だらけで、激しい戦いの痕を物語る。 風花の死によってウィルスは力を弱めたが、ふたりに残された体力は僅かだ。 「ハル様。九鈴様。どうぞ御用件をお話しください」 赤羽ハルが言った。 「あー、言いたいことは色々あるが……『契約は守れ』まずは、それだけだ」 饒舌な彼らしくもなく簡潔な意見だった。 だが言外に、契約に反した場合は手段を選ばず抗う決意が込められていた。 そして、九鈴も続けた。 「『そうじしなさい』特に、汚れた己の心を。私から言うべきことは以上です」 彼女の意見も簡潔だった。 だが、何をしでかすか分らない度で言えばハル以上かもしれない雰囲気だった。 「聞いたか貴様ら!」 落葉が、怒声を上げた。 「彼らは、世界の全てを敵に回して戦うことができる力を持った魔人だ! その魔人の望みを聞いたか?『あたりまえのことをしろ』それだけだ! 参加者の中には、確かに邪悪な奴も居た! だが、参加した選手全てが、己の目標のため全力で戦った! その結果として勝ち残った二人に、貴様らは裏切りを働くつもりか! 裏切りの果てに、彼らを『世界の敵』にするつもりか! あさましき者どもめ! 恥を知れ! 本当の『世界の敵』が誰なのか、貴様らが一番よく解っておろう!」 落葉に反論するものは、もはやいなかった。 三傘山の上に昇った満月が、静かに光を投げ掛けていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【聖槍院九鈴・エピローグ「逮捕」】 病院から九鈴が現れると、報道陣のカメラが一斉にフラッシュを浴びせた。 光に包まれながら、九鈴は背筋を伸ばししっかりとした足取りで歩いた。 毛布に包まれた両腕には魔人拘束錠が填められているが、その心は解放されていた。 九鈴は、掃除を成し遂げたのだ。 拘置所へと向かう魔人護送車の座席に深く腰を掛け、九鈴は瞳を閉じた。 瞳を閉じて、今は亡き父と、母と、弟のことを想った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【赤羽ハル・エピローグ「目撃者」】 なんとか賞金を手に入れたものの、ハルの借金は依然として膨大だ。 副賞として割のいい仕事を回してもらえているため、辛うじて死なずにすんでいる。 今夜も仕事でとある病院に来ている。 七葉グループの金を横領した悪徳医師の『自殺』を見届けるだけの簡単なお仕事だ。 屋上から地面に落ちてグシャリと潰れた姿を確認して振り向くと――。 そこに、車椅子に乗った女性がいた。 熟練の暗殺者であるハルが、背後の人物に気付かぬことなどありえない。 なぜ、“ハルの意識から彼女の存在が消えていた”のだろうか。 目撃者は消さなければならない。 だがハルは、理由のわからぬままに、彼女を殺すことはできないと直感していた。 荒涼とした男だった。 まるで若いチンピラのような印象を与える、刺々しい金髪。 革ジャケットの下には、お世辞にも趣味の良くないチェック地のシャツ。 男は、暗殺者だった。 今まさに、リサイクル箱に空き缶を放り込むような気軽さで、人を突き落としていた。 だが、彼の姿を見た瞬間、なぜか胸に暖かいものがこみ上げた。 奇跡的に視力を取り戻しつつある白詰智広の目から、理由のわからぬ涙が溢れ続けた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【高島平四葉・エピローグ「消された過去と、白紙の未来」】 東京を遠く離れた、小さな村落。 ローターの爆音を響かせ、小型のヘリコプターが小学校の運動場にゆっくり着陸した。 「はあい、ついたよん!」 操縦士の少年は、隣の席で眠りこけている少女を揺り起こす。 ヘリに乗っている二人の魔人は、どちらも10歳前後の年齢である。 「ん……ありがと。じゃあまたね」 目を覚ました少女、高島平四葉は少年に礼を言い、校庭にぴょん、と飛び降りた。 「バイバイ。こんどは仕事ヌキで遊びたいな」 操縦士ボーイは笑顔でにっこり挨拶した。 ホエールラボラトリ社の忠実な端末である彼は、残忍な任務もこなす危険な魔人だ。 黄樺地セニオを襲撃し、瀕死の重傷を負わせたように。 だが、プライベートでは年相応の幼い一面もある。 飛び去るヘリを見送りながら、四葉は両手を上げぐいっと伸びをした。 そして、ヘリの下に広がる懐かしい故郷の風景を見て、ちょこんと首を傾げる。 かつてこの地で、幼い四葉の身の上に陰惨な出来事が降りかかった。 その出来事については、あまりに悍(おぞ)まし過ぎてここに記すことはできない。 教師も、友人も、家族も、四葉の味方にはなってくれなかった。みんな敵だった。 やがて四葉は魔人として覚醒し、強化型ウィルスを撒き、故郷の人々を皆殺しにした。 ――そんな、悲しい時間軸も、存在した。 文字通りに『世界の敵』であった四葉の過去は徹底的な改竄を受けている。 もはや、四葉に辛く悲惨な過去は無く、故郷にパンデミックを起こした事実もない。 では何故、四葉は魔人で、《モア》を使えるのだろうか。 その辺は、セニオの世界平和なら細かいことはまーいっしょ的アバウトさでウヤムヤだ。 マジパネェとしか言いようがない。 いずれは世界の恒常性維持機能が働き、細かい辻褄も次第に合ってくるだろう。 世界改変が生んだ様々な矛盾が消えた時が、セニオの魔法が終わる時かもしれない。 魔法が解けた後、再び破滅に向かってゆくのか、とこしえに平和が続くのか。 白紙の未来を開く鍵は、世界に住む人々全ての手に、少しずつ分け与えられている。 とりあえず四葉は、久々に家に帰り、ご飯を食べて、いっぱい話をすることにした。 お母さんとお父さんに話したいことが、それはもう、いっぱいいっぱいあるのだ。 それから――どうしよう。 やっぱり目指すは世界征服、かな。 「マイ目標イィーズ、セカァー、ウィー、セェーイ、フゥーク!」 言ってみて、ちょっと今のは馬鹿みたいだったなと思い、四葉は笑った。 無邪気に、邪悪に、笑った。 (おわり) このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/javadsge/pages/8504.html
class f{ constructor() { } play(){ this.z=this.x[1]; this.z=this.z+this.x[2]; return this.z; } }
https://w.atwiki.jp/b1tonpei/pages/21.html
東北大学A9XB0025より 866 :学籍番号:774 氏名:_____[sage]:2010/05/25(火) 15 59 47 ID ??? くっ・・・悔しくなんかないもん あの噂のことだ。 相談があるといわれて話を聞いてやっていた俺にそう言い残して化バイは教室を立ち去ろうとした。 化バイにもう会わないようにしようといわれた。 しかし次の瞬間腕をつかまれハッとする化バイ、 泣き顔を恥ずかしそうに隠しながら腕を必死に振り払おうとしていた。 周りなんて気にするもんか・・・ 俺はもうこの手を離さないと決めた。 そういつだってそうだ。 世間の目を気にして少しでも変なうわさが立つたびにそれを無理やり隠している。 俺と同じで女に興味がないことを本人は気にしているのだ。 次の瞬間俺は無意識に化バイと唇を重ねていた。 んっっ!? 化バイは急な出来事に戸惑いを隠せない様子だ。 もう無理すんなよ・・・。 そう言ったはいいが、化バイがどんな反応をするか正直分からない。 ここで化バイが逃げ出したりしたら俺は一生後悔するだろう。 がらりとした教室の前で化バイはポツリとつぶやいた ここじゃいやだ・・・ 夕日が沈もうとしているオレンジ色の空に夏を思わせる暖かい南風が吹いた。 つづくwww 868 :学籍番号:774 氏名:_____[sage]:2010/05/25(火) 16 20 38 ID ??? いつも元気でお茶目な化バイが今日は無口だ。 いつもと違うのは恥ずかしそうにしながらも俺の左ポケットにある化バイの右手だけだ。 日が沈みかけた帰り道、お互い何も話さないが足取りは自然と俺の家に向かっていた。 俺は自分の心臓の鼓動が早くなっているのが分かった。 俺は何を考えているのだろうか・・・何も考えられていないのだ。 化バイはうつむいているだけで何も話さない。 気がつくと俺は家の前にいた。 えっと・・・まあ家寄ってけよ・・・ 普段はそんなこと言わない。 当たり前のように化バイは家に来て遊んで帰っていく。 なのに今日こんな言葉が出てきたのは化バイを特別な何かとしてみている証拠だろう。 化バイはコクリとうなずくと俺が開けた玄関にいつもの用に俺より早く入っていった。 いつもより少し遅い帰りにもう辺りはすっかり暗くなっていた。 つづくw 870 :学籍番号:774 氏名:_____[sage]:2010/05/25(火) 16 36 27 ID ??? 違和感がある。 明らかにいつもの化バイじゃない。 なにか触ったら壊れてしまうほどの脆さを感じる。 それだけに声をかけるのに少し戸惑う。 何か飲むか? 無難としか言いようのない質問に化バイは いらない とだけ言った。 こっちが気まずくてしょうがない。 化バイはいきなりあんなことをしたから怒っているのだろうか? ふと 今日は泊まっていく と化バイがつぶやいた。 声は半分かすれていた。 家に泊まることは何度もあったが自分から言い出すことはこれが初めてだった。 うんいいよ なんか無性にドキドキしている自分に自制心を働かせ何気なく振舞った。 そこからは何事もなかったかのようにいつも通りだった。 近くのコンビニで夕飯を買い、食べ終わってから各自シャワーを浴びて俺のジャージをパジャマ代わりに貸した。 いつもより口数が少なかったのとシャワーが気になったのを除けば本当に何も変わらない。 ベッドの横に布団を敷いて寝る支度ができた。 いつもならここで寝てしまうのだが 星を見たい 化バイのその一言のために2人はベランダに出ることになった。 つづく 873 :学籍番号:774 氏名:_____[sage]:2010/05/25(火) 16 53 59 ID ??? 俺の家はわりと市街地付近にあり街灯などが星を見えづらくする。 そこで化バイは口を開いた 星になってみたい・・・ でも宇宙って広すぎるよ・・・ 一人で光っている星はすごいや・・・ 何が言いたかったのだろうか・・・ ただ星の光と街灯が入り混じった夜空を化バイは見上げている。 俺は呆然と夜空を眺めている。 次の瞬間 好き・・・○○(俺の名前)のことが好き・・・ あと今日はありがとう 光に反射した涙を浮かべながら化バイは今日一番の笑顔で俺にそう言った。 化バイの涙は星の光だけに照らされている。 そんな気がした。 おれは何も言わずに化バイをただただ抱きしめた。 雲ひとつない空 化バイがなりたいといった星に雲がかかるはずがないと思った。 化バイが 苦しいよ と微笑む。 時が止まればいいのにな、 そんな事今まで一度も思ったことがなかった。 そう今までは・・・ 876 :学籍番号:774 氏名:_____[sage]:2010/05/25(火) 17 07 36 ID ??? 部屋に戻る。 俺はベッドに化バイは布団に入り電気を消した。 寝付けない。 化バイは俺のベッドに入ってきた。 動作がとても自然だった。 心臓が高鳴る。 でもただ抱きしめたかった。 それ以上もそれ以下も何もない。 化バイは星 世間の目という街灯が光を遮っても遮らなくても同じ 広い宇宙の中では街灯なんて関係ない ただ孤独に光っているのがつらかったのだ 急に遠い夜空を見上げる化バイの姿が目に浮かんだ。 そんなことを伝えたかったのかなんて分からない。 いや多分俺の考えすぎだろう。 これから化バイとどんな関係になっていくかなんて分からない。 でも今は化バイと二人で一緒に光っていたいと思った。 さっきよりもぎゅっと化バイをだきしめて俺は眠りについた。 誰も見てない夜空でひとつの星に流れ星が重なった。 おわり 化バイ好きだああああああああああああ
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「実はこの間病院の待合室で、こんなの拾っちゃってさあ」 放課後の教室。三人の少女が机を囲んで談笑中。 千紗登がカバンの中から取り出した薄い雑誌に、夏美と珠子は視線を落とした。 「千紗登、なに、これ」 「エロ本」 「そんなもん学校に持ってくるな!!!」 「見せたかったんだもん!見せびらかしたかったんだもの!」 ぎゃんぎゃんとわめく親友二人を尻目に、夏美はじっと雑誌を見下ろす。 挑発的にこちらを見る、半裸の金髪女性。 たっぷりと分厚い唇、質量のある大きな乳房、エロティックにひねったヒップライン――― 「うわあ…」 一人、感嘆のため息をつく。 まるで自分とは正反対。大人の女性の色香。 夏美の反応に気がつくと、千紗登はぽんぽんと彼女の細い肩をたたいた。 「夏美。気にしなくていいって。あんたはまだこれからなんだから」 「そうよ、暁ちゃんはそういうの気にしないわよ」 「……………わたし、なにも言ってない」 慰める二人をじと目で睨みつける。 彼女のあどけない顔で睨んでも、まるで迫力は皆無だが。 「でもね夏美。この程度で驚いてちゃあ駄目。この本の真価は中身にあるんだから」 「真価?」 千紗登は得意げに胸を張り、夏美の鼻先でべろんと本を開いて、突きつけた。 「………………ひっ…!!!」 「千紗登、あんたこれ、無修正っ…!」 「いや、レアだよねえ!見つけたときびっくりしたわ。それで処分に困ってさ。 学校のゴミ箱に捨てるか、暁にあげるか、迷ってるってわけだ」 「あ、暁くん、に…?!」 思わぬところで暁の名が出て、ぎょっと夏美は顔をあげる。 「ん?何か問題ある?夏美」 「…な、なんで暁くんに…?」 「使うんじゃないかなーと思って。つーか、使うでしょ。奴なら」 「………使う?」 「使うとか言うな!」 千紗登の言葉に首をひねる夏美と、突っ込みを入れる珠子。 「まあ、ちょっと暁には刺激が強すぎるかなーと思うけどね」 「洋物無修正のポルノ見て平気でいられる千紗登がおかしい!」 「そう?…まあ、平気ではないにしろ、ずいぶん熱心に見てる子はそこにもいるけど…」 「…夏美っ?!」 珠子が視線を移すと、顔を赤らめて雑誌を読みふける夏美の姿。 「おーいえす、かむ、かむ…ふぁっく?」 「音読するんじゃないっ」 「好奇心旺盛だねえ公由くん。どう?よかったら…貸そうか?…後学のために」 「え?」 「暁とするときに、役に立つでしょ?」 ぼっと夏美の顔が赤面する。 「そ、そんなこと…っ!」 「千紗登!あんたみたいな変質者と違って夏美はフツーの女の子なの! 寝る子を起こすようなことはしなくていいの!」 珠子の横で夏美がこくこくと頷く。 「大体あの暁ちゃんにこんなことできると思う?あの朴念仁に!」 「そうかなー。あいつも男だしなあ」 「あのね、千紗登。この写真客観的に見て、気持ち悪い。 純粋な夏美にこんなグロテスクなもの見せて、トラウマになったらどう責任とるつもりよ?」 「そんときはあたしが嫁にもらってあげるけど―――」 「うん、暁くんのは、こんなに黒くないよ」 「っ?!」 舌足らずな少女の言葉に、二人して勢いよく振り返る。 「え?え?今、なんて言った夏美?」 「え?…だから、暁くんのは、こんなに黒くないって…」 千紗登と珠子は夏美が見るページを覗き込む。 …黒人男性の腰の上に、白人女性がまたがっている…。 …白人女性の太ももの白さと、その足の間から覗く男の肉の根―――コントラストが映える。 「…マジ?」 「うそ、でしょ、夏美」 「…千紗登ちゃん、珠子ちゃん、見たことないの?幼馴染なのに?」 「……………」 「……………」 いや、まあ、確かに。 幼稚園に上がるまでは、一緒に風呂に入ったりもした。 保育園では全裸で走りまわったりもした。 でも、あくまで子どもの頃の話。ここ十年以上、暁の全裸なんて―――ましてや局部なんて。 「夏美、詳しく聞かせなさい」 「千紗登!」 「色は?大きさは?ぐ、具体的にどうなのよ」 「え、えええっ?!」 夏美の顔がぼっと赤く染まる。 「い、言わなきゃ、だめ?」 「言え。言いなさい。さっさと言う!」 夏美の肩をつかみ、身を乗り出す千紗登。その眼は真剣だった。 夏美は顔を赤らめ、視線を泳がし―――暁の「それ」を思い出したのか、さらに顔を赤らめる。 「わ、わたしが言ったって、暁くんには言わないでね…」 「言わない。だから早く吐け」 「…い、色は肌の色に近い…と思う」 「ほ、ほうほう。…お、大きさは?どうなのよ」 「っ……お、大きさ…?」 夏美はきょときょとと周りを見渡した。 手頃な大きさを示すものを探しているのだろう。 そして夏美はそっと指をさす。 「この男の人と同じくらいかなあ…」 また別のページの、黒人男性。勿論全裸。そして彼のもの大きさは―――。 冗談のようなそのサイズに、二人の少女は目を向いた。 「…な…なにいぃっ?!」 「ちょ、ま、ま、まじで?!うそっ!!!」 「ちょっと、夏美、それ大丈夫なの?!あんた、からだ、へ、平気なの?!」 「暁ちゃん、こんな小柄な子に、なんてことを……!!!」 夏美の細い腰と、写真の男性の性器とを見比べる。 こんなちいさな少女に、この凶器としか思えないものが…? 「え、でも、だって、平気とか、そんなの気にしないよ、わたし。 だって暁くんの、か、体、だもん…っ」 しどろもどろと顔を伏せる夏美。耳まで赤い。 「別に、って…あんた…」 「…完全に暁ちゃんに仕込まれてるわね…」 ごくり。千紗登と珠子は固唾をのむ。 まさかあの幼馴染が。 朴念仁でこういうことに全く不慣れとしか思えなかったあの少年が。 まさか、ここまでのことをやっていようとは。 「夏美」 廊下から呼びかけられた少年の声に、二人は身を固くする。 「暁くん、おかえりー」 夏美が嬉しそうに笑う。彼女の視線の先には―――例の、少年調教師の姿。 今日は一緒に帰る約束をしていたとかで、夏美は所用に行った暁を待っていたのだ。 暁のそばに駆け寄り、可愛らしく笑う夏美はどう見ても純真無垢な少女。 性欲や肉欲とは無縁としか思えないような―――だが、彼女は。 …黒人男性ほどもある暁のアレを、平気で受け入れてるんだ… 千紗登と珠子の背中に、冷たい汗が流れる。 「?ちさ、たま?…どうした?」 妙な視線を感じ、暁がようやく二人を見た。 が、幼馴染二人は何も答えない。微妙な笑顔を返してくるだけ。 「………?…夏美、連れていくぞ?」 「また明日ね、千紗登ちゃん、珠子ちゃん!」 ころころと笑い、暁と並んで教室から出ていく夏美。 その後ろ姿に、二人の体格差を改めて感じる。 比較的筋肉質で長身の暁と、小柄で細い夏美。 そして黒人男性ほどもある暁の――― ちらりと、写真に目を向ける。 黒々とした、男性器。20…いや、25センチ? 「…………暁ちゃん、鬼ね」 「ああ…ありゃ鬼畜だわ………」 ひぐらしの哀切な鳴き声が、夕焼けに染まった教室に響く―――。 「ね、暁くん、千紗登ちゃんたちとプール行ったりしたことないの?」 「あ?…何で?」 「…えと、あの、さっき、二人と話しててね、あの、暁くんの…の話になったから…」 「…?聞こえない」 「だ、だから!あ、…暁くんの、むねの、あの、ちくび…」 「…………っ?!」 「へ、変なことじゃないの!あの、変な意味じゃなくて!ええと、その、 千紗登ちゃんが、すごく興味津津って感じで聞いてきて! お、男の子の胸って、そんなに珍しいものなのかなあって思って…。 映画とかでも良く出るし、プールでもみんな、裸なのにね」 「……………………」 「あ、あの、暁くん?…怒った?」 「その話、忘れろ」 「?……うん」 翌朝。 顔を合わせるなり、千紗登の頭を拳で殴りつける暁の姿があった。
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mんks
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エキシビジョンSSその2 おれだ。 ……『誰だ?』って? おいおいおい、ヒヒヒ! 今更しらばっくれてもらっちゃ困るよなァー? そりゃ、フツーに考えたらよオー、わかるだろ。エキシビジョンなんだから。 フツー、あんたが書くとしたらどうするんだ。出すだろ? 『参加選手がオールスター!』ってのはよォーーー、 そりゃ『第一回』の頃から客寄せの定番だからなアー、ヒヒヒヒ! アーーーーーー心配すンなって。わかるわかる。 おれが出たらまたワケ分かんない展開になるだろ、とか思ってんだろ。 大丈夫大丈夫、心配すんなよ、おれが保証してやるからよ、ヒヒヒヒヒ! メタはうまく書けねえと票が落ちるって……分かってるからこうなんだろ?なあ。 このSSで……おれが登場してンのは、ここ。本編開始前だけだ。 メタなナレーションが許されるのは本編開始前だから。そういう事だろォ? これで、まあ名目上も『全員登場』ってわけだ。 でもさァー、おれが本編前でこーやって喋ってると、この後の展開! 何が起こっても嘘くせー感じになっちまうんじゃねえかなアーー? メタが苦手って、冒頭からメタメタじゃねーか。ヒヒヒヒ! ヒヒヒ! おれのせいで……票が、落ちちまうじゃねーーか。 つまりおれをこうやって喋らせるだけで? 投票で負けた時? そーいう責任を? おれのせいにできちまう……って事じゃねえか? なあ? ヒヒヒヒヒッ…… ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギ ャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャ + + + + + 静寂が支配していた。 世界最強の存在を決めるための戦い――『ザ・キングオブトワイライト』。 その決勝戦は、他のどの試合よりも密かに一瞬で…… 決着を終えていた。 「勝利です。赤羽ハル選手」 運営委員――実況の佐倉光素は、感情を表に出さぬよう努めた。 そこに黄樺地セニオはいない。戻ることもない。 この決勝の結末を見届けたスタッフは、彼女と埴井きららの2人だけだ。 「あなたが……この大会の優勝者です」 赤羽ハルは2人に背を向けたまま答えた。 「そっか」 「すげえ嬉しいよ」 山から見下ろす眼下、街の所々から煙が立ち昇りつつある。 人間による魔人狩りの行き着く果てがどうなるのか―― この世界において、過去にあらゆる形でその予想は語り尽くされていた。 魔人狩り。 文字通り「女」を「人」に置き換えただけの魔女狩りが始まるのだろう。 その外見で魔人と人間とを判別することは、殆どの場合不可能であるからだ。 消失した黄樺地セニオが最後に何を思ったかなど、誰にも知り得ない。 世界最後のチャラ男。無差別に軽薄に世界平和を望む彼は―― その理不尽な幸福の力で、全てを救い得るだろうか? どちらにせよ、赤羽ハルは行動する必要があった。 そもそも神仏に頼る質ではなく、その点で赤羽ハルは凡庸な暗殺者であった。 ならばきっと、不確定な奇跡に頼る事もないのだろう。 「……なあ、副賞だ。副賞をくれ」 「不可能です。私達にその権限はありません。もう運営本部が機能するとも――」 「……! でも光素ちゃん、60億の契約を帳消しにできないと! 能力の制約が……赤羽さん死んじゃうんじゃないの!?」 「すぐじゃあない。余裕はまだ十分にある」 赤羽ハルは苦笑した。 「だから副賞をくれ。今しかない」 「――戦争は止められない。でも何かができるかもしれないよな。 世界の敵やら世界の味方やらが、これだけ集まって…… あれだけの戦いを、実際にやらかしたんだ」 ザ・キングオブトワイライトは世界を変えるための戦いだった。 大会を仕組んだものすら、こうして世界を変えようとしていた。 誰も彼もが、自らの世界を変えるために――戦っていたはずだった。 「副賞の願いを、今ここで使う。俺に協力しろ。 そして奴らを協力させてくれ。 何か……こういうどうしようもない事に抗う何か……」 何かを、しなきゃあいけない――そう続けた。 「例えば俺に……何ができるのかを、教えてくれ」 「……聞き届けました。その願いをお受けしましょう。 私達の力が及ぶ限り」 佐倉光素と対照的に、埴井は不安げに視線を巡らせた。 「赤羽さんは……そのまま戦うつもりなんですか? 副賞もないのに、なんの理由があって……」 「………………。 俺も格好をつけたくなった。ミツコや黄樺地……セニオみたいに。 コピー能力者に逆に影響されたわけだ。笑い話にならねえよな。 ハハハハハハハ」 軽薄だが空虚な笑いだった。 準決勝までの赤羽ハルは、目的を達成するために抜け目なく手を打ってきた。 だが彼に、もはやそうするだけの理由はない。 ミツコが行使した能力、最後の『世界の敵の敵』。 赤羽ハルに纏わる関わりを断つささやかな世界改変は…… 大切な存在の記憶さえをも消去している。 「……“ケルベロス”ミツコ選手の『世界の敵の敵』。 それは“淘汰の選択”を行う能力と、私は理解しています」 誰よりも深い知識と経験――あらゆる魔人能力を知っている。 彼女は中立だ。魔人能力を、魔人の営みを見届ける事のみを目的とする。 (赤羽ハルの肩を持つわけではない。 ……けれど、ここで、この世界から魔人が淘汰されてしまったら) 、 、 (私が、『観察』できなくなってしまうから) 「いくら魂の力を使って世界の改変を成したところで―― 『勝ち進んでいない』可能性は実現できません。 恐らく、それがその魔人能力の本質。 ミツコ選手が猪狩誠を打ち負かし、それに繋がる悲劇を改変したように。 だから負けさせる必要があります……。例えば核を。病を。戦争を」 「……その原因が『勝ち進んだ』から、この世はこうなってる、ってわけか」 額の血を拭って、赤羽ハルは自嘲的に笑った。 時代遅れの暗殺者。現代の戦争でもはや不要と断ぜられた『強大な個人』。 思えば彼自身が、まさに敗北した時代の象徴だった。 「黄樺地セニオ選手の力は……理不尽で、誰よりも都合がよく。 けれど軽薄な力であるかもしれません。 歴史を改変するレベルには至らず、人類が少しチャラくなり。 “脅威”に対する敵意が、少しだけ弱くなって。 少しだけこれからの世界が良くなっていく……それだけの力、かも」 「……」 それとて紛れもなく世界平和、なのでしょうが。と佐倉光素は言った。 「――それでは、満足できないのでしょう?」 「当たり前だ。 どうして俺がそう思うのか……分からない。けれど」 歯を食いしばった。彼は思い出すことができない。 「このままじゃあ、俺は全然納得できねえ」 「俺は殺し屋だ。この戦争を仕掛けている連中を殺す。 必ず殺す」 「……そう選択すると、信じていた」 人気の失せた病院の中に、硬質な革靴の音が響いた。 非常時に打ち捨てられた病院には非常灯の光すらもなく、 カーテンの隙間から差し込む陽の光だけが、緑色の学ランを映す。 「『振り返るな』。『前を歩け』。 ――それが僕の信じた全て」 少年は、病室の片隅に座り込む死体に話しかけている。 エプロンドレスは真紅の血に染まり、答える声はない。 「可能性を奪って救済をもたらす力は、その能力の本質ではない。 この世界に生きる魔人の、誰もが知っているように…… もっとも価値ある『制約』とは、自らの魂そのもの。 だからこそ、それができる相手に受け渡すために、君達は死んだ」 「他人を殺して世界を救えると知っていても…… 弱者のためになら、迫害される少数者のためになら、 自分達をも『殺す』事を『選択することができる』殺人鬼。 ……だから君達に分け与えたのだ」 ―――― 学園坂正門 魔人能力名:『サクリファイス・ヒーロー』 ――自身の生命と引き換えに、運命をささやかにやり直す。 http //www53.atwiki.jp/dangebalance/pages/65.html http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/50.html ―――― 「……」 病室の白いカーテンを開け放って、彼は街を眺めた。 黄樺地セニオの力は、世界の理不尽を変えるかもしれない。 たとえば治癒法のない病。核戦争。滅びた街。 そんな世界では、自由に物語を紡ぐことはできない。 深刻(シリアス)である、という巨大な重荷が人に覆いかぶさる限り、 無限の物語はその可能性を狭め、画一化されていく一方だからだ。 深刻過ぎる世界も、平和過ぎる世界も、同様に世界を歪める『理不尽』。 少しだけ不思議で混沌とした、しかし気楽な世界―― 過去の出来事を振り返らず、前に進んでいける世界を彼は望んでいる。 「……黄樺地セニオは、果たしてどうだっただろうね?」 ザ・キングオブトワイライト―― その決勝まで勝ち進んだ彼の魂の力を以ってしても、 戦争という巨大な理不尽は変えられないのかもしれない。 巨大な歪みほど、その修正には多大なエネルギーを必要とする。 今のこの現実が少しでも、残された彼らの望む方向へ変わらなければ。 ……そしてそれは、 “転校生”学園坂正門の仕事ではない。 「ああ」 古アパートの小さな部屋で、彼はため息を突いた。 モニタが映し出すニュースを眺めるのは、小心そうな痩せぎすの中年。 田村草介は、どこにでもいる平凡な男性であった。 「……始まるのか……戦争が」 彼はどこか、他人事のように呟いていた。 魔人達の存在を常々恐怖していた田村だったが―― まさかここまでの事をしでかすとは、想像もしていなかった。 番組は、魔人達の攻撃による理不尽な犠牲者達の映像に切り替わった。 今回の戦争は魔人達による蜂起であり、民衆の生活が脅かされている、と。 ――これらの放送はその実殆どが目高機関の仕組むプロパガンダだ。 全ての放送局はこの戦争の開始前から、既に彼らの支配下にある。 無論、魔人達の反抗が今も多数の死者を生んでいるのは確かだ。 彼らの大部分が邪悪な存在である――という報道も、紛れもなく事実である。 だが、その戦争を仕掛けた黒幕について……それらは何も語らない。 「恐ろしい……恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい」 田村は体を震わせながら立ち上がると、準備を始めた。 今にも、恐ろしい魔人達がやってくるのだ。 モニタの中では、魔人を標的とした核攻撃の是非についての議論が始まる。 「…………………。これで、全滅。 ふん。所詮はこの程度……何十年と戦争をしたこともない国だもの」 巨像の如き威容だった。 町中を悠然と打ち崩しながら進む主力戦車。 少女はそこにいた。 遠隔操作用の端末を手に笑う笑みは、11歳の少女のそれとはかけ離れている。 都内を射程内に捉える日本国保有のミサイルサイロを示すアイコン上には、 『Deleted』の赤文字が6つ並んだ。0.1秒の誤差もない。 ――自衛隊保有のICBMよりも『少しだけ精度の高い』ミサイル。 高島平四葉は、現在発射したものを除いても16基の『生産』を完了している。 敵の武器よりも少しだけ強い武器を作り出す。 ……魔人能力『モア』による、世界最強の攻撃兵器。 「これで核は撃てない。あなた達がやるっていうなら、私も相手をしてあげる」 世界を征服するために、既存の体制を破壊する必要がある。 それが自壊するというのならば話は早い。 存分に力を見せつけ、いずれ来る高島平四葉の治世への畏怖を刻みこむ。 (さあ、どうするか) 鉄のシェルターの中、少女は思いを巡らせる。 新黒死病よりも『二段階強い』ウィルスを材料とした脅迫で味方を引き込むか。 それとも、たった今奴らが用いようとした『核』をそのまま ――否、もう少し“強く”お返ししてやるべきか。 コンソールが異常を示したのは、その時だった。 「……狙撃ね」 外装への攻撃。当然のごとく、MBT――主力戦車の装甲を貫くことは不可能だ。 通常のMBTよりも『ちょっとだけ強い』この戦車の防御性能は、対戦車地雷にすら無傷で耐える。現行兵器による外からの破壊は不可能に等しい。 《回線はこれで構わないメカ?》 だが突如、車内の軍事無線に割り込む声があった。 その声を知っていた。たとえ直接は戦ったことがなくとも…… その外見も声も、忘れようもないインパクトの選手。 「あなたは」 《やはり日本国側の無線で通じるメカね―― 成る程。自衛隊の兵器をそのままコピーできるのならば、 無線の機構も周波数も同じ……傍受も当然可能という理屈。 核の在処も、複数の通信網から推測を立てて先手を打った、メカか》 「オーウェン・ハワード」 《ガキの割には、頭が回る……メカ》 アキカンにして、元アメリカ陸軍レンジャー部隊長。 オーウェン・ハワードであった。 「……あなた。米軍のくせに、日本の猿を助けるつもり?」 《この国を最後に奪るのは我々メカ。同胞もまだこの国にはいる。 ――我らの所有物を焦土にしてもらっては困る。 故にお前には止まってもらう。メカ》 ……目的は、もう一つ。 オーウェン・ハワードが、その真意を気取らせる事はない。 (本命は俺ではない。オペレーション・ファントムルージュ。 政府が混乱している、この機に乗ずる。 兵器として管理されているそれの完全データを回収するまで…… 『まだ』核攻撃をされてもらっては困る、メカ) 「どいてちょうだい。……あなたは標的にはない。 だけど邪魔をするつもりなら、すぐにでも消す」 《メカカカカ……今のは少し面白い冗談だったメカよ》 《小娘ごときが……俺に『どけ』と言ったな?》 「そう? 冗談に聞こえたのなら――」 端末の画面には、地図があった。 正確には、四葉の潜む車両……その周囲500m圏内の俯瞰図。 生体ではないアキカンに対し、自動兵器のロック機構は働かないだろうか? ――否。高島平四葉を除いた『アキカンの大きさ以上』の目標物。 その全てを自動で殲滅し尽くす、という指示を、四葉は下す事ができる。 「それがあなたの最後」 黒雲。指令を下した瞬間、数千機のUAVが動く。 『モア』に無駄弾など存在しない。 弾薬程度は、いくらでも――兵器ごと、“少しだけ強く”増産が効く。 ――日本政府所有、極秘の保管施設。 ここに収められた魔人関連の押収品はその全てが特A級以上の危険物であるが、 そこに6年前から部屋ごと閉ざされた、『赤い倉庫』なる保管室が存在する。 「……クリア! 進め!」 フルフェイスヘルメットで顔を覆った、完全武装の特殊部隊が階段を駆け下りる。 施設は戦争の混乱で真っ先に奇襲を受け、職員は全て肉塊に変わっている。 襲撃者は近代兵器で武装を固めており――魔人ですらない。 「目標“スカーレット”。この部屋で間違いありません」 「了解……いいか! 確保の際には十分に注意しろ! 爆発物の取り扱いよりも危険な仕事と考えろ! 突入!」 顔立ちこそ日本人であるが、彼らは日本人ではなかった。少なくともその精神は。 日本国内に浸透した米軍特殊工作部隊。 彼らは潜入に特化した人材であり、戦闘の練度自体は軍人にやや劣る。 だがこのような好機にあって、真っ先に動くことを期待される部隊であった。 ――オペレーション・ファントムルージュ。 それは日本政府の暗部たる『あの映画』の入手である。 今後の日本との外交において、核よりも有効足り得る交渉カード。 だが…… 「……真の滅びを、知っているか?」 突入者の足が止まった。 『赤い倉庫』の中には、既に一人の男が存在したのだ。 「ファントムルージュ原典の捜索。 俺が取り憑かれてから……それは最初にやった事だ。お前らより先に」 落ち窪んだ眼光。不健康な肌。だが、鋭さを秘めた肉体。 薄汚れたコートが扉からの風に揺れる。 「原典の保管箇所は、全て把握している。 俺が真っ先に動いた。お前らより先に」 狂った男の言葉に応える声はなかった。 彼らは訓練された動きで一斉にライフルの引き金を引き、 寸前、その全てが拳ごと切り飛ばされた。 「ぐっ、うがっ……!?」 「……」 苦悶する隊長を虚ろに見下ろして、男は淡々と言葉を続ける。 「痛そうだな」 「どうしてこんな俺が、簡単に軍事施設に侵入できたのか…… ……今、不思議に思ったか? 仮にそうなら、教えてやらないでもないが」 男――元魔人公安、偽原光義は、タバコに火を点けた。 室内とは思えぬほど湿気った空気の中、煙がゆらゆらと揺れた。 隊長の背後では隊員が一人、胸を貫かれて死んでいた。 「今は救済期間中でな。 正直言って、もう同じような展開はうんざりだ。つまり」 背後に気配を感じた隊長が、その主を目撃することはなかった。 幻影は不可視のまま、武傘の質量で防具ごと頭蓋を砕き、 飛散する紅で『赤い倉庫』の室内を文字通り赤く染めた。 「災厄を『繰り返し』はさせない…… 善意の協力者がいたって事さ」 霧の中から姿を現した『共犯者』が偽原の言葉を続ける。 雨竜院雨弓は、凶悪な矛先を残りの隊員へと向けた。 「……わたしのたすけを?」 暗い坑道の下。声に答えながらも、聖槍院九鈴は、 ただただロボットのごとく、東京駅地下に巣食う甲殻類の『掃除』を続けていた。 声の主の姿はない。 それは、その場に姿を現さずとも運営アナウンスを執り行う事のできる能力―― 数多持つ佐倉光素の力のひとつであるが、 それはただ『伝える』だけで、返答を聞くことまではできない性質のものだ。 《赤羽ハル選手の『副賞』の内容は、今お伝えしたとおりです。 俄には信じられない話かもしれません。 けれど……世界は、変わるかもしれないのです》 「……」 《関西崩壊。核攻撃。ファントムルージュ。……そして新黒死病。 この世界が変わってしまったのは、私達魔人達のせいなのでしょう。 ならば、それを取り戻すこともできる道理ではありませんか。 ……助けをください。失ったものを取り戻す、その助けを》 姿無き声はそれで終わった。 「わたしのせいだ」 トングで甲殻類を取りのけながら、彼女は掠れた声で言った。 「わたしが、やった……。だから掃除をしないと。 何もかわらない……ゴミをそうじする。 全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――」 佐倉光素が助力を乞うまでもなかった。 彼女はずっと、その戦いを孤独に続けてきたのだから。 敗者の時代の残骸が赤羽ハルだとするのならば、 聖槍院九鈴は勝者の時代の犠牲者であった。 『ザ・キングオブトワイライト』。 聖槍院九鈴が求めたのは、栄光ではなく贖罪である。 東京駅の地下が揺れた。 贖罪の使者が今動き出す。 「あのさぁ~、依頼を受けるのはいいけど、これじゃあ3件目なんだよねぇ~」 「条件に関しては不問と先方からは承ってってッうおおおおあ!? 危ねえ! 一発抜けてきたぞ今!」 咄嗟の『堅い言葉』で作り出した『ロジカルエッジ』の盾(これも立派な武器だ) を投げ捨てた後、内亜柄影法は回廊の角に飛び込むように身を隠した。 やや反応がゆっくりなこまねの襟首を掴んで引っ張りこむのも忘れない。 「……ッ、とにかく! 佐倉光素だったか? あいつから頼まれたんだよ! なんでも優勝者のヤロウの副賞がそうだって……ヤべッ! くそ、隠れるところ変えたほうが良くないか……」 「でも~、戦争を仕掛けた連中を探れって言っても、 それって強制力があるわけじゃあないんじゃないかい~? あたしが相手方と通じて裏切るかも……?」 魔人と言えども、銃で撃たれれば死ぬ。……にも関わらず、 人間達に襲撃されるこまねのテンションは平常そのものだ。 元からの性質か、恐るべき災禍を経験したが故の豪胆かは計り知れないが。 「そりゃそうだ! こんな状況で契約とかルールを守るバカがいるわけがない。 それを信じてるバカが居るとしたら、相当のバカだ。 でもできるのはお前しかいないと思ったし、あと偶然近くにいたんだ!」 「…………」 偽名探偵は少しだけ空を見上げて思案する、振りをした。 「ま、いいよ~。 それにこの件なら、協力してくれんのはあたしだけじゃないと思うしね~~」 「うわ、軽々しく受けやがって……知らねえぞ」 内亜柄影法は廊下の突き当りの窓を見る。4階。 こまねを抱えて飛び降りて、無事でいられるか。 「忘れてるかもしれないけど、俺は検事だからな。 口約束だろうが、そういう約束は――」 銃を手にした魔人狩りの追手も追いついてくる。 だが彼らの視点からは、内亜柄の後ろ手に回した指先は見えない。 「破らせねえぞ……ッと!!」 具現化したそれは指先のスナップと共に凄まじい勢いで射出されて、 襲撃者達の足に文字通り『釘を刺し』た。 「ハァーッ、ハァーッ!」 会議室に辿り着いた田村草介は、恐怖に息を荒げながら座り込んだ。 ……昔から、自分はそうだった。 魔人が怖い。 ……関東に、核を落とした魔人が。 死の疫病を蔓延させた魔人が。 一人息子と妻……家族を奪った魔人が。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 だが、自分がまさかこんな事をしでかしてしまうとは! 「どうして……どうしてこんな事に……!」 魔人相手の戦争。未だに他人事のようだ。 しかし、目高機関――日本統括部部長、田村草介にとって。 実のところ、それは全く他人事ではないのだった。 (魔人能力の独占。新たなビジネス。一般魔人排斥の動きは元から存在した。 会議を誘導して、議論をそちらに傾けるまでもなかった…… 軍需による利益! 魔人の排斥……長期的治安の向上! だが……だが、本当にこれは? 私がやったのか?) 田村草介はどこにでもいる平凡な男性であった。 地位や名誉を求めたことはない。 単に少しばかり、自分の生活を守るために必死なだけだ。 そして田村には時にそれを『やりすぎる』癖があった。 保身の勢いのあまり、身の丈に合わぬプロジェクトを推進してしまう。 それが幸運にも成果を挙げてしまう。その繰り返しだ。 繰り返しの果てに……このポジションにいる。 時計を何度も確認しながら、自身のノートPCを開いて報告を確認する。 (目高機関。上層部からは何も言ってこない。 戦争開始の動きにも、干渉は一切なかった。 この極東の辺境がどう潰れたところで、影響のない……安全な連中ばかりだ) ……つまり、この件は完全に田村の責任でしかなかった。 彼の感情が、その事実を拒絶していたとしても。 (……『安全』。そうだ! ここもまだ安全ではない! 利用されたトーナメントの魔人が動く。盤石の手を打つ必要がある。 こちらも……手持ちの駒を1つ……いや2つ……!) 会議室に現れ、席に腰を下ろしてから20秒。 複雑な勢力の絡みあう情勢の中、 彼は『自分に危害の及び得る』事案を一瞬で取捨選択する。 魔人の存在そのものすらをも過大な『リスク』として見做す。 どのような小さな可能性でも、その“おそれ”を見抜く能力。 その恐怖心こそが、彼をここまでのし上げてきた能力であった。 「……高島平四葉。仮に俺が本来の体だったとしたら……。 それがこのオーウェン・ハワードだとしても。 MBT相手に100m圏内まで生身で近づくなんて、自殺行為以外の何物でもないメカ。 すぐさま検知されて、消し炭になっていたはずメカ」 「しかしアキカンのような小型オブジェクトに対してすらも、 お前は徹底殲滅という有効な攻撃手段を所有していたメカ。 通常は考え得ない戦術、故にお前はそれを仕掛けてくる……と読んでいたメカ」 ひとつの建物の瓦礫の下から、ヒョコ、という擬音と共にアキカンが顔を出した。 無敵の城塞に立てこもった、世界最悪の魔人……を、彼は打倒していた。 「……アキカンの体も、悪いことばかりではないメカね」 《い……いつから、わたし……微妙に汚れキャラ、に……》 「排泄の度にその痛みを思い出すメカ」 無線から漏れ聞こえる苦悶の呻きは、高島平四葉だ。 オーウェン・ハワードの『アキカン招来』。 半径100m以内、『空間』が存在する座標にアキカンを召喚する魔人能力である。 四葉の呻きはアキカンを体のとある箇所にねじ込まれたが故の戦闘不能であるが、 箇所の明記は良識上避ける。 「作戦完了。もう帰投して構わないメカ」 《……随分あっさりしたもんっすね。 あの高島平四葉ですよ。1秒遅れていたら、2人共々消し炭だ》 「ふん。俺が君の能力を運用する以上、当然の結果、メカ。 もっとも……君の狙撃で注意を引き。 そして殲滅攻撃を誘導することで、 一時的にも奴の『座標を止める』必要はあったメカが」 無線の相手は、オーウェン・ハワードの位置から彼方300m―― ビル最上階で狙撃姿勢を取っていた。 巨大なアンチマテリアルライフル。 足元に転がる薬莢の巨大さが、威力の凄まじさを物語る。 狙撃者の名を、山田、という。 《こんなゴツい銃を使っても傷ひとつつかない……が、 スコープ越しでも、俺の『目ッケ!(アイスパイ!アイ)』は有効だ。 相手のケツの穴まで、座標は正確に伝えられる》 「……うむ」 ――比喩ではないのだ。 (ともかく、これで俺も“スカーレット”の奪取に全力を傾けられる…… 後は、本国からの指示メカ…… …………………?) 《どうしました? 何かマズイことでも?》 「フッ、山田君。君は目敏いメカね。 ……少々、マズイことになったメカ。……君達、日本人にとって」 《はい?》 「動き出したメカよ」 目高機関。正解最強のアメリカ軍が、いまだ軍備を増強し続けねばならぬ理由。 あのソ連をも凌ぐ、戦後最悪の『仮想敵』。 「……本当の『世界の敵』が」 「ルールの境目というものを知っているか、赤羽」 「……ルールだと?」 高速道路、高架上。同じトラックの荷台に降り立った数秒、両者は会話した。 吹き付ける風にも、赤羽は指に挟んだ紙幣を手放すことはない。 「守るか破るか。俺のルールはそれだけだ」 「そうではない」 2人は同時に跳躍した。ジープからの機銃が、荷台を破壊しながら舐めた。 だがトラックが炎上するその瞬間、3枚の10円玉が防弾ガラスにヒビを入れる。 ヒビを突き割って車内へと飛び込んだ鋼鉄の義足が、運転手の肋骨を砕いた。 冷泉院拾翠の体が宙にある間――人外の膂力を発揮する、 それが『仮面の力』。 「世界にはルールがある。この世界であれば…… 『疫病が蔓延する終末』『魔人のトーナメント』。それがルールだ。 平行世界の存在を信じるか?」 至近距離から放たれた射手の弾丸は、それよりも先に冷泉院の手の中にあった。 そのまま額を打ち据え、昏倒させる。 「訳がわからねぇな! 暗殺者に哲学を説くか?」 車両一つ分離れていては、叫ぶようにして会話する他ない。 が、静かに話す冷泉院の声は不思議と赤羽の距離まで届いた。 「冷泉は平行世界が『ある』と考えている。 ――『悲しいねえ』『そんなに俺の相手が嫌かい?』」 「……?」 「覚えがないか? 俺はそれを、覚えている。 黄樺地セニオが勝利したその時、紛れもなくその言葉を口にしたはずだ。 そして現にその世界が『選択されている』以上は、 2つの事実を説明しうる『平行世界』は、この世界のルールに存在するのだ」 「……どういうことだ!!」 運転手が意識を失い、ジープは減速しつつあった。 赤羽の取りついた車との距離は、少しずつ離れていく。 「………………。 、 、 ……幸福な結末! 理不尽なき『平行世界』はある、という事だ! 行け赤羽ハル! その結末を信ずるからこそ俺達は、副賞を! 佐倉光素の頼みを受けたのだ!」 赤羽は何かを言い返そうとした。 だが冷泉院は既に彼方にいて、言葉の届く距離ではなかった。 トラックは合流地点へと向かう。 赤羽の望む情報が待つ、その地へと。 「ふふふふふふ……」 路地裏。長髪の男の含み笑いとともに、数人の男女が絶叫する。 倒れ伏すその表情には一様に絶望と羞恥の背徳が浮かび、 何やらただならぬ精神攻撃を伺わせた。 「ぐふふふ……ふふふ、すっごいぜ、すっごい……! 街は無法地帯……つまり、僕のオカズも集め放題……! さあさあ次は、どんな悪夢(ユメ)を見せに行こうか…… ……ぐふふ、ふふ……」 スキップととともに路地裏から現れた男の名は、肥溜野森長。 その魔人能力『千年悪夢』による悪堕ちの幻影を何よりのオカズとするという、 弁解不能の非道悪虐魔人である。 彼はザ・キングオブトワイライトでの敗北を全く意に介さぬどころか、 それを引き金として発生した血で血を洗うこの無法状態すらも、 『これで合法的に悪堕ちし放題』としか認識せぬ、筋金入りの変態であった…… 「次のターゲットは……ぐふふ、ちょうどいいところに可愛い男のコ発見! さあさあ僕の力で悪に堕グハァッ!!」 即座に顎を砕いたのは、ターゲットの手元から飛来した鎖分銅である。 少年――鎌瀬戌は、ヒュンヒュンと分銅を軽く回して、ローブの中へ収めた。 鎖鎌の鎌の側を使わなかったのは、せめてもの慈悲だ。 「……クソッ、どうなってんだ! この騒ぎで人間だけじゃあなく魔人までおかしくなってやがる……」 「こいつは元からおかしかったんじゃあないか」 「なおさら悪いだろ!」 隣に立つ筋肉質の青年――不動大尊を見上げ、鎌瀬は苛立たしげに言う。 「どっちにせよ、皆を守らなきゃあいけないのは同じだ。 俺の家族なんだぞ……! ここの孤児院の皆は!」 「ふん。とりあえず手の届く人間を守るか。いい動機だな。お前、魔人能力は?」 「……。『ヒトヒニヒトカミ』…… 俺のいる場所に雷を落とすやつで……あと一日一回しか使えないし…… さっき使ったからもう使えない! わ、悪いかよ!」 「俺は『ネッツ・エクスパンド』。カップに入れた紅茶の温度を1600℃にする。 温度は高くも低くもなく……1600℃だ。あとカップに入れないとダメだ」 「……」 「……」 顔を見合わせる2人を、不意に強烈な光が照らした。 一瞬目が眩みつつも、不動のボクサー級の視力は、それを認識した。 「……運営本部のビルか?」 「こんな距離まで? 何か……魔人能力かな」 「どちらにせよ……」 不動は歩き出した。路地の先で、魔人の少女が人間に追われている。 人間を警棒で必要以上に叩きのめす魔人警官の姿もある。 夕陽が異様なほど濃い影を作って、街の半分を黒く覆っている。 「やれる事をやるしかないさ。誰もがな」 「ったく、どいつもこいつも……!」 「目的、は?」 待ち構えていたのは、10歳ほどの少年だった。 運営本部最上階。暴徒の突入でスタッフが逃げ出したドサクサを狙ったものの、 強行突入した以上は妨害者の存在を考慮してしかるべきだ。 彼も当然そのつもりだった。ただ、上手い返し文句を考えていなかっただけだ。 「……あのな坊や。怪我したくなかったらそこから逃げるんだぞ。 俺の得意技を教えてやろうか? 子供でも容赦なく殴れる事だ」 『それは君の人格が腐っているだけだ』 「とに、かく! パパとママのところへ帰れ! こういうところにいるガキとかマジで……嫌な予感しかしないんだよ! やっぱあの七葉樹ちゃんに騙されたんじゃないですか俺ら!? どうすればいいですかね!?」 『脳の外科処理を勧める。その落ち着きの無さを即刻改善すべきだな』 「どこかにもう一人いるのかな? ……と思ったら、それですか。 ――その本。そうだ、結論が出ました。 大会参加選手の一人。相川ユキオ」 目高機関の尖兵。他者の言葉を借りて語る『少年』。 日本統括部部長、田村草介の最強の駒に、名前は存在しない。 だが。 「……『もう一人』? ノートン先生。なんで……なんで、あいつ」 『落ち着け、と私は命じている』 相川ユキオは、震える声で言った。 ふとした言葉だったが。それはあり得ない筈の現象だった。 「なんであいつ、ノートン先生の声が聞こえるんですかね……」 『落ち着くのだ。私の物語を汚すな』 『――君は今、ついに最大の武勲を挙げる機会を得たのだ。 このサー・ノートン・バレイハートの英雄譚の最も輝かしい1ページ! そこに居合わせる名誉を得る確率ときたら』 「じょっ! 冗談は! やめてくださいよ!」 【それが君の編集者か?】 少年の口調が変化した。まるで別人が喋らせているかのように。 そしてそれと被さる何者かの声も、同類の編集者である相川ユキオの脳には―― はっきりと、聞こえているのだ。 【喜劇の主役でも張れそうな無能の案山子。 折角ならば遊んでやろうと、わざわざ出向いたというのにこの様だ。 ……眠りすぎて編集者の完全支配すらもできなくなったか】 誰もがその形態を想像し得ないだろう。小さな手帳だった。 パラパラとめくれてゆく、全てのページが黒だった。 そしてその黒の全ては、狂気的な程細密に書き込まれた…… 呪詛と冒涜の文章の集積である。 人類の刻んできた長い歴史の中で。 『ミルキーレディ』や『ファントムルージュ』に匹敵する悲劇は、 現代に至るまでただ一度とて起こらなかったのだろうか? それを意図的に引き起こそうと試みる悪意は存在しなかったのだろうか? ――名も無きそれは、人類の疑問への回答であった。 “携帯する神殿”。魔導書に使役される、意志なき編集者《天使》。 ……殺戮文書。『オレイン卿』。 ―――― “少年” 魔人能力名:殺戮文書『オレイン卿』 ――絶望で所有者を支配し、自己の意志で自己を編集する。携帯する神殿。 http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/35.html http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/79.html ―――― 「防、御……!」 影の《壁》は一瞬でかき消された。 相川ユキオは自分の心臓を貫く光の《槍》を見た。 編集力の差は圧倒的に過ぎた。 【鈍い。死ね】 光は影を打ち消す。 他の魔導書を冒涜するためだけに記された殺戮文書。 それが“携帯する神殿”。 「……まさか、アナタが裏切るとはね…… ……………。 ……って、言っちゃっていいのかしら?」 ―― 一方、運営本部最深部。もう一つの戦いが幕を開けていた。 巨大なアフロヘアーのオカマは、バロネス夜渡……こと千歯車炒二。 大仰にファイティングポーズを取る彼とは対照的に、 その横に佇む男――森田一郎は、静かな敵意で銘刈耀を睨んでいる。 「『まさか』? 予想はしていらしたのでしょう。 七葉樹落葉が何を命じたのかは与り知らぬことですが。 ……もはや、トーナメントに関する権限はあなた方にはありません」 ―――― 銘刈耀 魔人能力名:『偶像崇拝(アイドルマスター)』 ――才能を秘めた人間をスカウトする。 http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/22.html ―――― 「そうして主催者に責任を押し付け、瀕死の日本を戦争経済で吸いつくし。 自分は機関本部へと高飛びか」 森田一郎は一歩を踏み出す。 「大した計画だ。結末の成否を見せてくれる」 その一挙一動が隣の千歯車すら竦むほどの殺意に満ちており、 当然、銘刈耀の力では刹那の一撃には耐えられぬ――と、見えた。 だが、抉りこまれた正拳はパン、という破裂音と共に止まった。 目視不能な速度での割り込み。 拳を受けた腕をゆっくりと引き戻しながら、その存在が嗤う。 「俺は裏切っていない。 そうだろう? ――森田一郎」 「ああ、そうだ」 森田は無表情に答える。 銘刈耀の魔人能力。『偶像崇拝(アイドルマスター)』。 確かに奴には優れた才能がある。 魔人能力という『才能』を抜きにしたとしても、スカウトの条件を満たす。 だが勧誘するまでもなく……奴はそちらにつくだろう。 「お前は、元より“味方”などではないからだ――儒楽第」 拳が唸った。千歯車は吠え、無数のナイフを投擲した。 儒楽第は、やはり嗤った。 「この体が覚えたぞ、森田一郎。 ……てめぇの拳を」 一度受けた攻撃を、二度目から防ぐ能力。 ――『攻性変色 カメレオン・オーラ 』。 ――そして、もう一人の『世界の敵』。 戦禍に沈む世界の中…… 眠りについた筈の悪意が、呼応するかのように覚醒した。 「というわけでこの私、パパテリアことカイエン・ゾルテリアも! 世界の敵(ワールドエネミー)として参戦することになりましたー!」 「なんでじゃああああああ!? 父さん、オナネタ手に入れて満足したって書いてあったでしょうよ!」 「いやー、そこんとこ正直に目高機関に正直に話したら、 そんなの目じゃないオナネタやるから日本滅ぼしてって言われたからのお。 一度引いたと見せかけて目的のブツを引き出す! これがワールドエネミー級交渉術よぉ~~~っ!」 「やっぱめでたくなかったわ! 最低だこのクズ!」 なお、こちらも大会本部の程近く、 結局使用されなかった円形闘技場での出来事である。 「さあ来い娘よ! わたしは実は一回イカされただけで死ぬぞオオ!」 「くっ倒す方法がわかっていてもやりたくない恐ろしさ」 ―――― カイエン・ゾルテリア 魔人能力名:『ZTM(絶対にチンコなんかに負けない)』 ――性属性以外のあらゆる攻撃を無効化する。 http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/27.html http //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/39801/1365175524/117-118 ―――― 「カイエン・ゾルテリア……許せない……! 祖国の、仇……!!」 ちなみにゾルテリア娘の横で涙を浮かべて剣を構えるのは姫将軍ハレルである。 一人だけシリアスだ。 「何をしてでも……あなたは……倒す……!」 「お姉さんちょっとまぁーーーった!! ヒゲじいになるくらいまった! わかってんのハレっち!?」 割り込んだ甲高い声は、彼女の持つ日本刀、参謀喋刀 アメちゃんだ。 姫将軍ハレルは、その能力『刀語』によって彼女と会話することができる。 「アイツを倒すってコトは……つ、つまり! あの汚いオッサンのアレにゴニョゴニョしてムニャムニャして! フニャンフニャンってコトなんだよ!? ダメ、ゼッタイ! ハレっちがケガれる!! ほっといて次にいこうよ!」 「ええ、次はイカせる……!」 「ゼンゼンわかってなーーい!!」 「くっわたしをどうする気だオカマッ……!」 「一人で何かやりだした! どうしよう!」 「オ、オゾましい……! アメちゃんこういうのセイリテキにムリ……!」 「絶対に許せないわ……! 私の怒り」 アメちゃんを道連れに、カイエン・ゾルテリアに突撃を試みようと構えるハレル! すわ大惨事か! ――その時! 「……待ちたまえ」 呼び止める渋い声! その男は立っていた! 比喩ではない……立っていたのだ! 全身をゾルテリアのラバースーツに包んだ謎の男性! しかもその局部は、ラバースーツ越しでもありありと個性を主張していた! 「俺は敗北から学んだ……ゴムをつけることは、モラルとして必要なことなのだ。 次からゴムをつけよう。そう決心したのだ……」 ――長さ1m50cm。それは陰茎というにはあまりにも大きすぎた。 大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた! 「……そして今が来た。今が、『次』だ」 「グ、グオオオオオ!? バカなァァァァァ――ッ!!」 カイエン・ゾルテリアは絶叫した! 男であれば誰しもが彼と同じ絶望を味わったであろう! その力の差、歴然! その威容、見るからに性属性!! カイエンはラバースーツの謎の男の『男』に畏怖していた!! 「お、おのれェェェェ―――ッ!!」 苦し紛れのエネルギー弾を放つが、無傷! 鋼鉄をも凌駕する怒張が! そしてあらゆる攻撃をどこかの層で防ぐ16層のゾルテリア特製ラバースーツが! その男を無敵の鬼神へと変えていた……!! 「さあイクぞ『世界の敵』! これが我が『蛇神鞭』、究極の……!」 ――夜魔口邸。 夕陽に包まれ始めた屋敷の一室で、 密やかに会話を交わす探偵が2人。 「穢璃様より、お話を頂きました。 拙の『検死結果』をここに」 「へぇ~。穢璃さん、偽原さんにあそこまでやられて、よく…… ってまあ、タイミング良かったよ。 何しろ『新黒死病の大元』については、すぐに知りたかったところだからね~」 「……。佐倉光素様の、例の件ですか」 「そ。戦争を仕掛けた人たちを調べるのさ。 って、大体こ~いうデカい事ができんのは目高機関なわけだから、 実質目高機関の中の『誰が』仕掛けたかっていうのを調べる仕事なわけだよぉ~」 遠藤終赤は探偵である。こまねの物腰や言動から、 実際におおよその目星はついているだろう――と、察することができる。 「嬢ちゃんらの方は、話終わりましたかねえ」 廊下から声。姿を見ずとも分かる。 夜魔口赤帽。夜魔口砂男。 「はい、今~」 「……もう行くぞ。ようやっと見つけた親父の仇じゃ。 パンデミックを仕掛けよった人でなしども。 ワシらが償わせる……絶対にな」 「こまね様、危険では」 「大丈夫大丈夫。伏線は、もう張ってあるでしょ~」 一人残された遠藤終赤は、茶に口をつけた。 きっと、夜魔口組の2人だけではない。 こまねは、受け取ったこの情報を誰かに渡すのだろう。 だが誰が? ……誰が、この強大過ぎる敵を打ち倒すことができるのだろうか? 日本の転覆を目論んだ遠藤終赤に、この国の成り行きを救う意味はもはやない。 しかし、それができる存在がいるのだとしたら、それは……この大会が求めた。 滅び行く運命に負けぬ、世界最強の存在――なのだろうか。 「『ニューヨークリロード』。……さあ、出番でございます」 硝煙を吹くライフルを投げ捨て、射手矢岩名はその場で優雅に回転する。 長い黒髪が流れた後には、既にその姿は変わっている。 水泳ゴーグルをかけた、水色の髪の少女。名を栗花落三傘という。 周囲を包囲する敵を極力視界に入れぬように、 彼女は頭上から降り注ぐ雨を意識した。 雲ひとつない夕陽の夜空に……雨が降る。彼女の周囲にだけ。 銃火器を無限に取り出す『ニューヨークリロード』。 彼女の乱射は頭上――ビルの配水管を破壊し、人工の『雨』を作り出している。 そして、そこに雨があるのならば。 「行くよ。『レイニーブルー』」 それは一瞬にして鋼鉄の強度を誇る弾雨に変わる。 地を這う敵はアスファルトごと穿たれ、数百と潰える。 ……そう。それは人間ではない! どこからともなく這い出し路面を覆い尽くす、攻撃的ミナミコメツキガニ! 本来無害かつ小型であるミナミコメツキガニが、 関東核攻撃の放射能により殺人的に変化! 恐るべき群れ! 「……危ない」 奇襲を察知した無量小路奏が、背後から迫っていた一匹を投げナイフで貫く。 見事な連携を見せた三人は、三人でありながら一人。 ザ・キングオブトワイライトにおける参戦登録名は……『トリニティ』という。 「……でも、一体どこから……」 (まるで地下から湧いてきたようだね) (この下となれば……地下鉄でしょうか) ――その時、アスファルトを突き破って、それは出現した! それは異常成長した超巨大オカダンゴムシ(メス)であった! トリニティ達は見た。その胸部、神経節付近でそれを駆る魔人の姿を。 オカダンゴムシは実験モデルに使われる程度に神経系の構造が単純であり、 精妙なトング術による物理的処置が進行方向を操作し得ると考えられなくはない。 ……東京駅地下に異常繁殖した甲殻類。 そして聖槍院九鈴の出現の瞬間をトリニティ達が目撃したのは、 果たして全くの偶然なのだろうか? 真相は不明である。 「……はやくいかなきゃ。 今度は……今度は捨てない」 オカダンゴムシの他に、その狂った呟きを聞く者はいない。 景色が無数の線と化して流れる。 運命は交差に向かって突き進む。 「わたしが……助ける……!」 《ケホッ、ケホッ……。私が、動くことになるか》 「そうだ……私としても実に不本意な事だが」 田村草介の『悪い予想』は当たった。 『ザ・キングオブトワイライト』そのものの事後処理に当たる銘刈耀はともかく、 『オレイン卿』までもが既に何者かとの交戦状態にあり、通信が途絶している。 当初、即座に動き出すと予想された日本政府の核攻撃も、 魔人側――高島平四葉からの過剰防衛も引き起こされていない。 無論『オレイン卿』の能力を以ってすれば敵対者の排除に1分もかからぬだろう。 銘刈とて……才能を携え彼女の前に立ちはだかるものであれば、 敵対者だろうと即座に『スカウト』して味方に引き入れる事すら可能な能力だ。 彼らの敗北など起こり得ない。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 (……が、それが起こっているかもしれない。 1分の遅れ! 予想との微妙な齟齬! それは私の破滅を意味する…… ………………その『おそれ』があるんだ!) この戦争経済は目高機関が独自で立ち上げた極秘プロジェクト。 日本政府も市民も、その勃発を予測する事すらできず、 故に全ての動きが『奇襲』となる。動き始めが最も脆い。 それは目高機関自体も――例外ではない。 田村草介は後先を考えず恐怖への対処を『実行してしまった』立場であり、 リスクを十分に理解した上でプロジェクトを推進したわけではない。 いつもと同じ、奇跡的な綱渡りだ。今回も成功する保証は全くない。 「……WL社を経由して得た『一段階強いウィルス』は、君の手にあるはずだ。 迷わず使ってほしい。パンデミックを仕掛けた君になら可能だろう。 私にその勇気はない。お願いだ――裸繰埜病咲風花」 《いいだろう。私も丁度……丁度、最後のテストをしたかったところだ》 「最後だって?」 相手の言葉を訝る間すらなく、通話は即座に切れた。 田村は、足元から何かが這い登る、不穏な気配を感じている。 それは破滅の気配だ。 常に彼に纏わりつき、離さない『恐怖』の具現化。 ……今回のそれも、また錯覚だろうか? それを振り払えるのだろうか? それとも。 四車線を塞ぐほどのオカダンゴムシ(メス)は…… 目的地への途上、その重戦車めいた巨体を停止させていた。 甲殻に刻まれた銃痕や刃物、火炎、その他諸々の傷は、 パニックに陥った群衆からの攻撃が殆どである。 近代装備に身を固めた日本政府の部隊と遭遇しなかった点は、 聖槍院九鈴にとって唯一『運が良かった』点であろう。 彼方から走り寄る、小柄な影があった。 その人物……偽名探偵こまねを認識してもなお、九鈴はトングを構えた。 「待った」 息を切らせながらも、こまねは手で制した。 九鈴が構えを解くことはない。 「あなたがこまね? 待ち合わせの場所は、ここじゃない」 「……こまね。ふふん、偽名だけどね~。 時間がなかったから、ここまで走ってきたってわけだよぉ~。 おかげで、赤羽ハルの方には渡せなくなっちゃったけど。 でもまあ、あたしなりの伏線は張っておいたからね」 どこかから爆発音が響いてくる。近い。 こまねはふと真剣な顔になって、言った。 「本当に……時間がないんだよ。 電話や通信網は傍受されているから、直接渡すしかないの。 ほれ、ここに」 「!」 ……こまねはメモを無造作に、地に投げ捨てていた。 聖槍院九鈴は恐ろしい素早さで飛び出して、トングで掴みとる。 反射的な対応である。 「ゴミ。すてないで」 それは探偵の意図通りであった。 「……依頼どおりだよ。今果たし――」 偽名探偵こまねは炎に呑まれて、跡形もなく消えた。 その対戦車ロケットの一撃を皮切りに、無数の銃火が火を吹いた。 聖槍院九鈴は爆風にまかれてオカダンゴムシの甲殻の下へ転がって、 そこでようやくその事実を認識した。 「…………」 ロケットの弾道は、九鈴が先程立っていた地点を狙ったものであった。 九鈴は無言で立った。 『新黒死病の大元』たる魔人能力者。 パンデミックを引き起こした存在が、このメモの地点に――いる。 「ったく……ハハハ! どうして俺、こんな事になってんだ……。 バカみてえだよな、バカだ……」 銃火をくぐり抜け、追っ手を撒いた赤羽ハルは、路地裏にもたれて自嘲した。 追ってくる『敵』が、政府の部隊か、目高機関の尖兵か―― それとも何も知らぬ市民なのか、その判別すらつかない。 だが少なくとも、彼をはじめとした『ザ・キングオブトワイライト』の出場者は、 その他の人間、そして魔人にとってすらも、紛れもなく『世界の敵』であり…… 出会う誰もがその姿を駆り立てようと熱狂しているのだった。 (佐倉光素に伝えられた場所には……まだ、向かえないか。 いや、どっちにせよこの状況じゃあ無謀過ぎる手段だ。 やっぱり駄目だな、俺らしくない……。返そうなんて、思わなきゃあ良かった) ――そうだ。返せるはずなどない。 ――殺し屋め。 頭の中で声が響く。 絶望の淵に立たされた時、決まって聞こえてきた声。常に常に常に。 ――今更ルールを守って、何が変わるっていうんだ? (分かってるんだよ……クソが) それは自分自身の自責の声に他ならなかった。 『契約に基づく負債を、正しく返さなければならない』。 しかし赤羽ハルが真に心に負う負債は、誰に対する契約でもなかった。 ――魂に値段はつけられない。殺した命を取り返せるのか? ささやかな幸せを感じる時。その罪を忘れ去ろうとするたび。 それは命の負債を取り立てようと迫るシャイロックのように…… 内なる悪魔が、いつも囁くのだ。 お前は幸せにはなれない、と。 「ドーモ『お客サン』。ラーメン探偵です」 赤羽は路地を振り向いた。 先程から気配は感じていた。参加者の一人だ。 「あんたは……どっちだ? 敵か、味方か。どちらでもないのか?」 ……だが、楽観はできない。 右手はだらりと垂れ下がったままだ。腱が切れているのだ。 全身に刻まれた傷は思いの外少なかったが、 時間経過による失血は確実にその生命を削っていた。 「……」 しかしラーメン探偵・真野事実は、ずい、とオカモチを差し出した。 無言である。 「……Show You La Amen(「真実を見せる」という意味の英語)」 赤羽ハルはため息を付いて、オカモチの中を見た。 笑い飛ばす気になどなれなかったし、その体力すらもなかった。 オカモチの中にはラーメンはなく、ただシャボン玉だけがふわりと舞った。 それらは順に割れて、メッセージを伝えた。 《ごめんね~。こっちの都合で、君のところにはいけなくなっちゃった》 《でも、調査は終わったから……届けさせてもらったのさ~》 声は真実を伝えた。 暗殺対象の名。そして所在。 ――探偵同士の連携。それが伏線。 「ハハッ」 赤羽は呆れたように肩をすくめて、ラーメン探偵を見た。 「あんたこのシャボン玉…… こんな中で、割らずにここまで持ってきたのかよ」 「……」 言葉を発することなく、ラーメン探偵は踵を返した。 真実を配達する。それだけが彼の『哲学(ラーメン)』であった。 「……ケホッ、ケホッ」 パンデミック後の社会混乱の中、打ち捨てられた神社。 その境内に、彼女は座して待っていた。 真新しい白衣。濃紺の髪と瞳。マスクで口元を覆った、女医である。 時折咳き込むその姿は、どこか禍々しい雰囲気を予感させた。 ―――― 裸繰埜病咲風花 魔人能力名:『ブレイクアウト』 ――ウィルスを進化させる。 http //www18.atwiki.jp/drsx2/pages/103.html http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/22.html ―――― 「……さあ」 WL社研究員にして、目高機関のエージェント。 パンデミックを仕掛けた張本人は、超然と呟いた。 「貴方なら、この災厄を乗り越えてくるはずだ。 そして私の問いに答えてくれ」 ここからは街が――『ザ・キングオブトワイライト』の会場たる街が一望できる。 風向きに乗せてウィルスを散布すれば、市内の全員が…… 即ち全ての大会参加選手が感染し得る、絶好の位置条件であった。 「ふふ、ふふふふふふ……」 そこには祈願を込めた絵馬が、今も飾られるがままに揺れている。 『早くお父さんが良くなりますように』。『パンデミックがおさまりますように』。 『おばあちゃんを助けて下さい』。『息子を』。『弟を』。『孫を』――。 誰かが誰かの無事を祈り、そしてほぼ全てが無駄に終わった、その願い。 裸繰埜病咲風花の含み笑いは、そのウィルスの『成果』を思っていた。 身に沁みて知っている。淘汰される弱者の願いなど無意味だ。 そんな中、その女性は更け始めた闇の中、石段を登っていた。 右手に提げた黒いトングの刃が、カリカリと地面を鳴らしている。 「やっと、あえたね……」 彼女の顔に憎悪や狂気はない。だが歓喜や慈愛もない。 ただ全ての物事を正確に、甲殻類の如く処理するための無表情が浮かんでいた。 「わたしのせいだ。ごめんなさい。 わたしがゴミを掃除できなかったから…… だからみんなが苦しんで、今も……。 あなただって苦しんでいる……」 「聖槍院九鈴ちゃん、だっけ? 大会参加者の名はよく知っているよ。 貴方か、赤羽ハル。あるいは遠藤終赤、夜魔口の2人…… 全部私の起こしたパンデミックの、間接的な犠牲者だね。 ……その誰かが上がってくれれば良いと思っていた」 裸繰埜病咲風花が立ち上がることはない。 その白衣をぺたりと地面に垂らしたまま、ただ近寄る死神を見上げるだけだ。 「ウィルス進化、という学説を知っているね」 「おとうさんも」 「それに限らず……生物種の進化の節目には必ず巨大な疫病の流行があった。 強靭な抵抗力を持つ者だけが『選別』され、次のステージへと進む。 まるで種族そのものが一つの生物のように、それは『抗体』を作り上げるのだ」 「……おかあさんも」 「――滅び行く運命に負けぬ、世界最強の存在! まさに貴方たちがそれだよ。この最悪な世界を破壊し得る、『世界の敵』! ……それこそがこのパンデミックが生んだ抗体なのさ! さあ教えてくれ……私に、私に最後に教えてくれ、ケホッ、ケホッ」 風花は立ち上がらない。正確に言えば、もはや――立ち上がることすらできない。 彼女に求められる役割は、パンデミックの制御のみ。 ならば自身が病に侵されていようとも…… 手足が腐り落ちたこの今であろうとも、支障などあるはずがない。 「私は……私は乗り越えられなかったよ! ははははは! だから次のステージに進んだ貴方に、見せて欲しいんだ!!」 「……くろう」 裸繰埜病咲風花のその姿を見て、 例えば――彼女の弟の最後の姿に重なる様を見たとして、 九鈴の漂白された心に、僅かでも動揺が走っただろうか。 そして弟の姿を彼女に重ねるという事は…… (――裏トーナメント決勝。あの時のように! ウィルスを生んだ私を乗り越えてみせてくれ。 新しいステージに上がる資格を得たのは私ではなく……貴方なのだから) 彼女の白衣に仕込まれた機構が、自動的に試験管の封を開いた。 新黒死病ウィルスよりも『一段階強い』、極悪のウィルスである。 耐えられる。家族の死という悲劇を乗り越えて…… そして世界の敵の犇めくこのトーナメントの中、 淘汰されずに生き残ってきた、この聖槍院九鈴であれば、この程度の試練。 九鈴は風花を殺すだろう。しかし風花に敵意はなかった。 むしろ信頼と、尊敬の念すら抱いていた。 (そうだ。貴方の勝ちなんだよ……! 貴方なら勝てる。私なんかとは違うんだ!) 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 だから、この程度で死んでもらっては困るのだ。 ――九鈴のそれとすらも異なる、異次元の狂気であった。 「ごめんね……くろう……。いま、たすけるね……」 涙を流しながら、彼女は黒い刃を、最後にして最初の敵の心臓へと向けた。 それを敵とすら認識せず…… 「ごめん……」 もう一度呻いた九鈴の真横に、ウィルスの試験管が飛んだ。 彼女はそれをトングで掴みとった。 それは反射的な動きだった。 家族への思いよりも上回る――否、むしろ家族との思い出そのものとすらいえる、 見事で正確な、『トング道』の動きであった。 「そんな」 風花は押し殺した悲鳴をあげた。 試験管から撒き散らされる筈の『一段階強い』新黒死病ウィルスは―― 彼女のトングが掴んだその位置で、一つの結晶と化して停止していた。 掴んだものを離さない聖槍院九鈴の魔人能力、『タフグリップ』。 仮に、大気中の不純物すらをも選択的に掴み取れる能力なのだとしたら。 そしてあの一瞬、微かに残った九鈴の理性の残滓が…… 『新黒死病事件の主犯』の放った試験管の中身を、看破していたのだとしたら。 「……いいや……それでいい。それでこそ……だよ。 あいがとう九鈴ちゃん。貴方のお陰で、何も……思い残すことなく」 「ごめんね」 だが次の瞬間、裸繰埜病咲風花が感じたのは――心臓を啄むカラスの刃ではなく。 身を包み込むように抱きしめる、暖かな感触であった。 「ね……? くるしかったよね……? ごめんね、ずっと側にいられなくて……」 「……」 ――何故だ。 家族の仇であるこの私を、今、街の人間を巻き添えにしようとしたこの私を。 「な、何をしている……早く、淘汰するんだ。 私はもう、弱者の運命など、とうの昔に受け入れて……」 とめどなく流れる涙に頬を濡らしながら、九鈴は首を振った。 それは機関の仕掛けによって裏決勝を垣間見た風花も知る、 優しく悲しい姉の顔であるはずだった。 おかしい。何かがおかしい……こうなるはずでは、ない。 「ごめんね、くろう。ごめんね…… どんなに苦しくても、もうわたしは……はなれないから。 ずっと、そばにいるから」 強く抱きしめる九鈴の腕の中で、風花はその理由を知った。 自身が敗北した――真の理由。 たった今、真横に飛んだウィルスを捕獲したその動きの中で…… 彼女はそれを見たのだ。 「……だったのか」 その方向に、家族の願いが書かれた絵馬が揺れていた。 ――それは、聖槍院九鈴が書き記したものではなかったのかもしれない。 そのありふれた名が、たまたま一致しただけであったのかもしれない。 けれど、その願いを書いた誰かは、救いたいと願っていたに違いなかったのだ。 本当は、言うまでもなく…… 最愛の弟を殺したいはずなどなかったのだ。 ……だからこそその罪悪に、ここまで苦しんできたのだから。 「うふ、ふふふっ……『九郎が、ずっと元気でいられますように』…… この程度の、ことで」 その程度の絵馬が、その願いを思い起こさせたのだ。 淘汰される弱者の願いなど―― 「やっとつかめた、もう絶対に……絶対にはなさないから……!」 「ふふふふふ……馬鹿な。ふふふふふ……」 「ずっとわたしが……一緒に、いるからね。 あの時……あの時つかめなかったものを、やっと」 ウィルスを握りしめたままのカラスが、カラカラと音を立てて落ちた。 『タフグリップ』。一度掴んだものを決して離さない能力は、 彼女が望まぬ限り――このウィルスを解き放つことも、決して無いのだろう。 ……家族。 風花の生まれである藍堂家は、既に滅びた医者の家系だ。 それを辛いと認識した事など、一度たりとてなかった。 「くろう……! くろう。辛いよね、苦しいよね……」 それが偽りの狂気による認識であったとしても…… 本物の愛情と共に裸繰埜病咲風花を抱きしめて。 そして本気で涙を流す人間など―― 「ふっ、ふふふふふふふふふ」 なんて愚かなんだろう…… 「ふふふふふふふふふ……ふっ……」 「……っ、ふふふ……、ふふふ……………………… ふふふ……あああ………………うあああああああ……… うああああああああああああああああああっ…………」 聖槍院九鈴は、本当に掴みたかったものを掴んだ。 彼女が『再び』世界を滅ぼすことは二度となく、 世界最悪の疫病を撒き散らした魔人との戦いは、終わった。 【……】 少年は飛び退いた。手を通して伝わるのは、異様な感触…… 存在せぬ筈のものがそこにある気配だった。 【どういうことだ】 声からは感情の断片すらも見て取れぬが、その事態は明らかに異常だった。 咄嗟に引き戻した――相川ユキオを貫いたはずの光の槍の先端が、ない。 影の兵装に侵食されたのか? ……その気配もなかったはずだ。 「……こほっ、無茶苦茶だろ」 音もなく、その編集者は唯一の兵装を展開した。 心臓の位置から血を流しながら、黒い影の槍を杖のようにして立っている。 「いつも無茶苦茶をやらかすんだ。……うちの先生はな。 お前の方がまだ優しいかもしれないぜ……」 【ほう】 空気がビリビリと震えた。それは純粋に押し退けられた質量のなす風だった。 少年の足元から、目も眩む光が展開を完了している。 『オレイン卿』の力の一端……それは建物全体を覆い尽くす『神殿』であり、 内部に位置する存在すべてを喰らい尽くす捕食器官であった。 魔導書に支配される編集者《天使》であれば、指一本でその起動命令は足りる。 【――愚か者め】 「愚か者は!」 相川ユキオは、着古したシャツの胸を開く。 そこには形容困難な、紋章めいた刺青が刻まれており…… 「どっちかな、“先生”!」 高く差し上げた指は食いちぎられていた。 それはユキオの背から飛び出した、厚みのない蛇めいた異形である。 突き刺した瞬間にオレイン卿が覚えた違和感は正しかった。 槍の『厚み』は、あの刺青一枚を通して変化していたのだ。 完全にゼロの厚み……故に心臓を抉るはずが、致命傷を避けて―― 予測外のダメージにたじろいだ一瞬、光で形成された神殿が揺らいで形を崩す。 【……何】 「俺も、俺なりに……考えてんだよ。どんな奴が出てくるか分からないからさ。 ええ? 俺みたいな下っ端にやられて悔しいか、ざまあみやがれ!」 「――俺の力はこの程度のものでしかないが」 そして遠く、相川ユキオの背後。纏う気配と存在感の薄さは、 まるで彼自身が影そのものであるかのようだ。 この男が先の蛇をコントロールした存在に違いなかった。 【魔人……薄気味の悪い大道芸人どもめ】 「そうだ。多少は、客を笑わせる事ができたか?」 倉敷椋鳥。 『正体不明のご招待(ストレンジ・インヴィテイション)』。 【その抵抗の無意味さを……教育してやろう……】 『さて。ならば、この偉大なるノートン卿が編集者を必要とするのか。 こちらはその理由を教授しようか、オレイン卿“君”』 再展開を始める白い光を意にすら介さず、黒い書物は尊大に宣告した。 『一つ。完全に支配された編集者へのダメージは、君自身の魔術への揺らぎに繋がる。 二つ。私の物語は偉大かつ語り継がれるべきであり、公正な証人が必要だからだ。 三つ。この私、偉大なるサー・ノートン・バレイハートにとって――』 同時、残された渾身の力で、相川ユキオは横手の窓を開け放った。 ……窓の外の光景の半分は、夕陽の作り出す黒に包まれていた。 正確には、夕陽の影に包まれていた。 さらに正確に言えば、その影に隠れた『半分』は全て、 屋内や切り立った山岳地形では決して使用不可能な、殺戮文書の『本領』―― 殺戮文書『ノートン卿』によって置換された、 経済機構と防衛機構を果たす城塞機構、巨大なひとつの《城下町》であった。 『――無能な編集者の存在程度は、枷にもならぬから、だ!』 無限に放たれる影の《矢》が、開け放たれた窓から滝のように雪崩れ込んだ。 倉敷椋鳥により《城塞》を運用し得る異次元の援軍を得た『ノートン卿』は―― ついに最大の災厄を叩きつけた。 蛇めいた異常な軌道で迫った豪速の拳は、 それ自体が森田のガードを回りこんで胴を打った。 「――!」 同時、右足を下げ、半身で受ける。 人智を超えた反射能力―― だが、横合いから投げつけられる無数のナイフを避ける事はできない。 (千歯車) 投げナイフ程度は森田の機能を裂くまでには至らないが、 皮膚を傷つけ、そこに血液を浸透させる事ができる。 銃声がそこに響いた。肉を抜けたその一撃は、銘刈耀のものだ。 「ぐぅっ……ウゥおああああああああ!!」 アフロヘアーの吸血鬼は、またも抵抗の雄叫びを上げた。 だが銘刈が一度その『才能』を見出してしまった以上は……。 (――千歯車の魔人能力は。 血流が付着した対象を操作する魔人能力『ブラディ・シージ』。 皮膚一枚の感覚が妨げられるだけで、) 「よそ見を」 ニィ、という嗤いの気配が同時に割り込んで、蹴りが空気を切断した。 皮膚感覚の心配をするまでもなく、森田の皮膚は袈裟懸けに抉られた。 「してくれるなよ。森田一郎」 「……」 問われるまでもなかった。 森田一郎がその持てるスペックの全てを防御に傾けているのは、 儒楽第の一撃だけは、まともに受けてはならないためだ。 ……銘刈とてそれを理解しているだろう。 故に千歯車を含めたこの二者の攻撃は、中距離からの―― 「七葉樹落葉も、思い切ったことを考えましたね。 私の『偶像崇拝(アイドルマスター)』……を避ける手段として」 儒楽第の掌底と正拳がぶつかり合う。だがダメージは森田の側だけが受ける。 儒楽第の攻撃の全ては、カウンターへのガードを必要としない。 彼の魔人能力――纏うオーラそのものが、常にその体を防御しているためだ。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 「あなたのような、一切の才能を持たない男を側近として置くとは」 彼の根源は、ただ空手のみであった。 鍛錬に次ぐ鍛錬。魔人能力どころか、格闘の才も持たぬ凡庸な男。 それが―― 「……ッケンナコラー……」 「……」 銘刈は千歯車を見た。彼女は何が起こっているかを理解しなかった。 「テメッコラー……アタシをこの、程度で…… ワドルナッケングラー!」 血流が付着した存在を操作する『ブラディ・シージ』。 『偶像崇拝(アイドルマスター)』はあくまでスカウトの時点で発揮される能力。 永久的に強制力があるわけではない。 それでも、まさか……強引に、自己の肉体を『操作する』事で、 「殺れやァァ――ッ! 森田ァァ――ッ!!」 千歯車は叫んだ。 だが森田はそれでも、最も注意を払うべき男への認識を逸らさなかった。 銘刈はそうしなかった。彼女は真の意味での戦闘者ではなかった。 ……そして、千歯車はそれを理解していた。 その差が生死を分けた。 「……言っただろうが」 「あ……」 胸部の肉を割って生えた手刀を、銘刈は理解せずに見つめた。 だが、森田が眼前におり、千歯車の支配が完全に解けておらぬ以上は…… その正体は自明である。 「俺は裏切らない。俺は元から――」 『偶像崇拝(アイドルマスター)』を受けるまでもなく。 味方についたと…… 「味方じゃあ、ないからなァ。……銘刈耀」 、 、 、 、 、 、 、 思い込んでいた、だけ。 「儒楽――」 その異様な行動に、森田は真に虚を突かれ、その時。 ほんの刹那…… 「死」 ――そこまでが、儒楽第の策略であった。 銘刈耀。世界を牛耳る目高機関の存在すらも。 この男にとっては、この半秒にも満たぬ。 ただ一瞬の復讐の好機を作り出すためだけの。 ( ) 投げつけられた銘刈を、森田は空白の思考で認識した。 反射的な蹴り。爆発四散。だが、遅い……すでに遅い。 誰よりも森田がそれを分かっている。 悪鬼の嗤いの気配が、後頭にあることを感じた。 奴ならば必殺だ。首を刎ねる。 「――ね」 金属音。 森田一郎は、致死の一瞬、首を守った金属の冷たさを感じている。 「……!」 「……!」 好機は潰えた。それでも儒楽第は闘志を些かも減ずることなく、 森田と同時に飛び退いて構えた。 そして2人は見た。 「見事ね、儒楽第。目高機関を逆に手駒にせしめるとは」 「――お嬢様」 そこには七葉樹落葉がいた。そしてその傍らに立つ男。魔人。 不敵な笑みを浮かべるそいつは……落葉の手駒であった。 「森田。私達はついに目的を達したわ。 トーナメントの中で見出した最良の駒。それは……」 「悪いねえ。俺ってホラ、子供の味方なんだよね。 だから、まあ……ここは少し」 森田の頸部を守った槍の穂先は、光の帯に導かれて男の手元へと戻った。 「目立たせてもらう」 『……油断をしてくれるなよ武志。また折られてはかなわん』 ――この瞬間に乱入が間に合った偶然などあるはずもない。 七葉樹落葉は待っていたのだ。 銘刈耀の『偶像崇拝(アイドルマスター)』がなくなるその時。 森田一郎が死域を潜り抜け、銘刈を殺すその瞬間まで。 心を潰すプレッシャーに耐え、ただ待った。 「小僧」 千歯車が立ち上がる。形勢は3対1へと逆転していた。 だが儒楽第はむしろ嗤った。 心の底から、この窮地を楽しんでいるかのようであった。 「死ぬか?」 そして笑みを浮かべるのは、この男も…… 黒田武志も同様であった。 「おお、こりゃすげー」 「全滅。全滅なのか……?」 田村草介は、携帯端末の情報を前に、ただ、震えていた。 WL社本社を襲撃した魔人集団――夜魔口組。 砂男と赤帽。鬼神の如き殺戮。そこまではいい。 どの道この事業の後は『捨てる』予定だった企業だ。 だが、それによってこちらの逃走経路が限定された。 日本国内とはいえ、魔人達の跋扈する大会会場からは相当の距離がある。 この位置は安全だ――と、田村という男がそう思うことは、決して出来ない。 (……銘刈も。『オレイン卿』も……裸繰埜……病咲も) 彼はガリガリと親指の爪を噛んだ。 悪い予感が全て的中していた。誰も彼もが、もはや彼に連絡すら返さなかった。 (おかしい。何かがおかしい。こんな事があるはずがない。 常識的に考えて、こんな都合の悪い展開ばかりがあるはずがない) まるで、誰かが。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 そんな都合のいい、頭の悪いハッピーエンドを望む『誰か』が、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 ささやかにこんな展開を、助けているかのようではないか。 (世界が……変わってしまう。私の世界が) 田村草介はその理由を知らない。 黄樺地セニオがあの時どのような選択を成して、 その結果何が起こったか――知り得るのは、あの場にいた3人しかいないのだ。 (海外だ。この国にいれば、おしまいだ。 海外に逃げれば、魔人能力の射程は……!) 「WL社が壊滅……ハン、どの道そちらに損害はないのだろう」 「メディアの掌握は二菅の仕事のはずだが? 手回しは済んでいるのかね」 「それよりも面倒事は、戦後の利益分配の方法ですな。 ユニオンとしての表向きの機関を――」 「四橘の魔人が2名離反したという話は? 仮にそうであれば責任問題に」 ……そして、その階下。知られざる一室で囁かれる会話。 彼らの役職は当然、日本統括部部長、田村草介よりも下回る。 しかしその声色に動揺はなく、それどころか恐怖すらもない。 それが彼らの立場からすれば当然の態度であった。 日本を拠点とする7財閥すらも言葉一つで操ることができる、 それが彼らのポジションなのだから。 「……よろしい。現在の取引総額を見て判断するとしよう」 「『商品』の輸入は万全です。第二次パンデミック発生の折には、 初期は市場への流通を絞り……2ヶ月後に増産という体で……」 本来ならば、彼らの態度が当然である。 戦場は遠く、彼らの暗躍を知る存在すら皆無に等しい。 彼らはこの魔人戦争に賛同した――ある種の悪党である。 田村がその話を誘導した当初は、反対した者も少なからずあっただろう。 だが……結果的には全員がそれを決断した。 それは利益のためかもしれないし、巨大な大義ゆえかもしれない。 家族や妻、自らのささやかな生活を守るための決断でもあったかもしれない。 「……この件に関する結論は前回と同様」 「フン。リソースの配分は公平に行う、というわけだ。言うまでもなかろう」 「はははは、違いない」 そして自らの意志で決断した以上は、その責任を負う。 自覚するとせざるとに関わらず、いつか。 「我らは運命共同体なのだからな」 「そう。一つの家族だ」 「…… 家 族 ?」 老人たちは、新たな会議の参加者を見た。 まったく予想外の声だった。 右腕が千切れ、顔の半分が崩れ…… あまりにも不完全な再生の、半死半生の姿ではあったが。 “この人格”を持つ彼が『存在する』、という事実は―― そこで何かが起こっている事を暗示していた。 当然、この老人達が与り知らぬ事、ではあったが。 「いい言葉だなァ――」 「な、なんだ……お前、それはゴブッ」 「俺も、足りないんだ」 一人の老人の鳩尾に拳を突き刺しながら、それは呻いた。 殺戮が目的ではない。求めるのは苦痛と恐怖。それだけだ。 「家族が足りない……。 これじゃあ傷が、全然、足りない。 だから……さぁ、なぁ……皆」 半死の体で、それでも無理に笑顔を作って少年は笑った。 家族を心配させることはできないからだ――。 「今から――俺の家族(リソース)になってくれよ」 消滅し、改変された筈の猪狩誠の復活。 それはこの黄樺地セニオの『世界の敵の敵』が…… 善人は善人らしく。そして同様に、悪人も悪人らしい世界のままで。 『世界の敵の敵』そのものという『理不尽』すらも改変されつつある証明であった。 ならば今まさに、この会議室の中で起こっている『理不尽』もまた…… いずれは改変される運命にあるのだろうか? その答えはまた別の話である。 「はっ、はははっ…… あははははははははははははははは!! 家族だ! もっと家族になってくれ!!」 彼らは、自らの責任で災厄を撒き散らした悪党であった。 だが、おお……ここまでされる謂れは無い! ……この地に猪狩誠……少なくとも、猪狩誠の残骸が現れた。 それは即ち、田村草介の終わりを意味していた。 同じ終わりであれば、その恐怖を自覚していた田村は…… より『不幸』な結末であったと言わざるをえない。 (……終わりか) 迎えの機の一台も来ないヘリポートで夜空を見上げて、田村は終末を悟った。 彼の決断で、敵も味方も、どれだけの人間が死に絶えただろう。 しかし彼はそれでも、自らの罪を省みる気は微塵もなかった。 実体のない罪悪感は、安心という報酬を汚すからだ。 他のどれだけを――良心すらをも踏みつけにしても『安心して』生きたかった。 それが彼の望む全てであったのだから。 「どうしてここに、と思っただろ?」 軽薄な男の声が、夜の屋上に響く。 こんなシチュエーションに自分は似合わない。 田村はそれも自覚していた。彼は涙を流した。 「……佐倉光素の転移能力。 場所と対象さえわかれば、君一人を送る程度……造作も無いだろう」 「潔いな。そういうのは好きだぜ」 背後からのライトに長く伸びた影が、田村を追い越す。 すぐ後ろに、手を伸ばせば届く距離に暗殺者が立っている。 「じゃあ、これから俺が何をするかも分かるな」 「ああ……分かる」 ……最後か。 最後くらいは、大物として命を散らしたいものだ。 全ての責任を抱えたまま。身の丈に合わぬ悪行を成したことを誇りつつ。 ――本当はいつも、下の階の老人達を羨んでいた。 自分より遥かに下の役職にありながら、自信と自負を兼ね備え…… あらゆる障害を恐れず潰す、その『悪』に憧れていた。 「私は」 ……けれど、 「わ、私は」 言葉に詰まった。最後の最後で。 それが感情の決壊の皮切りになった。 恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。 魔人は恐ろしい。 ……自分は『違う』のだ。田村草介は常に常に、自覚していた。 助かりたい。落ちぶれて地を這ったっていい。 他の何を差し出しても、命だけは。 本当は…… 「た、助けてくれ……お願い、お願いだ……」 その顔を泣き声で歪めて、田村草介は呻いた。 それが最後の、彼の本質だった。 「……駄目だ」 暗殺者は一度答えた――だからその言葉が無駄だと自覚している。 それでも、絞りだすように叫んだ。 「金はいくらでも出す。だから……だからお願いだ、助けてくれ……!!」 「その言葉を待ってたよ。田村草介」 姿は見えない。けれど背後の赤羽ハルが微笑んだように思えた。 あるいは彼がいつも浮かべる、自嘲めいた苦笑だったのかもしれない。 「 駄目だ 」 ―――――――――――――― ――――――――――― ―――――――― 『ザ・キングオブトワイライト』を発端とする一連の事件は、終わった。 日の沈んだ深夜の路地を、赤羽ハルは歩いている。 あれほど深かった負傷も気にならないほど、憔悴していた。 「……馬鹿か。俺は」 夜空に浮かぶ月は、彼自身の心に深く開いた空洞のようであった。 日中の戦禍が嘘のように、街は平穏を取り戻している、ように見えた。 (戦争の元凶を殺して。自分の副賞すら棒に振って。 ……一体何が残るんだ。俺に何が) 世界は変わったのかもしれない。 しかし赤羽ハルには、それを思い出すことが――。 「ダーツガチデ」 「サイヨー! ちぃーっす、ウェイウェーイ!」 「ちょアレマジアレじゃね?」 「アレテ! アレすぎっしょ!」 コンビニの前を通りかかった時、耳に障る陽気な会話が耳に入った。 ――チャラ男か。そういえば見かけなかったっけな、最近。 「ウェイウェーイ! ドゥ~したのその顔!」 「顔てwww 普段通り系じゃネー俺~~?」 「サガってるサガってるフッフゥーッ♪」 ウザったい会話を意識の端にすら入れず、 赤羽は通りすぎようとした。 「――つか、アレっショ? カノジョっショ? 忘れてんじゃん? チッヒーいんじゃん! 元気だしなってガチで!」 「いぇーい! オツカレィ~~♪」 「おっクーちゃん来たジャーン! やっぱ噂ドーリ超マブじゃーん!」 「ッてか俺のカノジョチッヒーじゃねーし! 人ちがウィッシュ!」 「バッカ俺んな事言ってねーしwww」 「じゃあwww誰が言ったんだしwww」 (……………………。 『チッヒー』) 足が止まったのは何故だろうか。 そのせいで、コンビニ前から出発していたチャラ男の一団と肩がぶつかった。 静電気のような衝撃が走った。 「なんだよ……どうして、忘れてたんだ、俺は」 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 どうしてこの世界にチャラ男がいるんだ。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 深い負傷も気にならない。傷が、綺麗に消えている。 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 戦禍が嘘のように平穏に戻って。 ―――― 黄樺地セニオ 魔人能力名:『イエロゥ・シャロゥ・パレット:世界への最後配当』 ――自分の魂を、世界の復元力の通貨へと変える。 http //www49.atwiki.jp/dangerousss3/pages/242.html ―――― 世界は変わったのだ! 黄樺地セニオが……変えたのだ!! 覚えている。彼女の笑顔を。声を。名前を。 ――忘れたいなんて、一瞬たりとも思わなかったはずなのに。 「智広さん……!」 赤羽ハルは走りだした。 その後姿を、チャラ男の一団の一人が振り返った。 「……ッと、こんなトコでいいだろ」 つッても、独り言でブツブツ説明すると、さすがのチャラ男にも引かれるからな。 ……改変された前の世界の設定を思い出す手段のひとつだ。 今すれ違ったほんの一瞬だけ、『地の文を認識させた』。 ……あァ? お前は出てこないんじゃないのか、だって? ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 馬鹿言うなよ! お前らこそ、おれの設定をちゃんと読み込んでないんじゃあないのかァ~~? 『狂気的』で『敵だったり味方だったりして』、 しかも読者に『人気のない』キャラがよオ―― 真っ正直にアナウンスなんかするわけねえじゃねえか! ヒヒヒヒヒ! ……でもアレだな? 結局どんな『理不尽』も絶対的に打ち消す改変力が 『世界への最後配当』だったとしたらよオー じゃあ何か? おれのこの動きまで織り込み済みってことか? ヒヒヒ! 「ウェーイwww クーちゃん何やってんノ? テンションアゲてアゲてー↑」 「ウェッ!? ヒヒヒ……じゃねえや、うはwwwおkwww」 ま、最後くらいは後味の良い終わりがいいだろ。 ギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラギャラ…… + + + + + その神社は、小さな山の上に建っていた。 2人が暮らした家の裏手に立っている古い神社で、 赤羽ハルは初詣に行った事すらなかった。 けれど、白詰智広は言っていたのだ。 いつかどこか。目が見えるようになったら―― 高いどこかで、綺麗な場所で。一緒に景色を見たいと。 真っ先に家に帰って、白詰智広の姿がなかったのならば…… 赤羽ハルは、この神社の他に、どの場所を探せばいいのだろう? 彼女は待っているのだろうか? 目が見え、足が動き、すべて自由になったその体で…… この人殺しの俺を……それでも待っていてくれるのだろうか? (智広さん。俺、言っていないことがあったよ。 最悪だ……俺は、優しくなんかないんだ……) 胸ポケットの中で今も鳴る4枚の100円玉が、彼を苛んだ。 シャイロックの悪魔。 (最強なんざ、笑わせるよ……俺は……強くもない。 ……自分でも信じられねえよ。 クソッタレ……俺だって本当は、何も悩まず、チャラく生きてみてえよ……!) 白詰智広が赤羽ハルに頼っていたのではなく―― 小さな山。けれどたかが『裏の神社』に向かう事が、 これほど苦しくて不安な事だとは知らなかった。 境内が見える。 そもそも神仏に頼る質ではなく、その点で赤羽ハルは凡庸な暗殺者であった。 けれどその時ばかりは、不確定な奇跡を祈った。 「……嘘だろ」 涙が落ちた。 そこに待っていた人は 「おかえり、ハルくん」 振り返って、笑った。 ――世界は変わった。 関西が滅びることも、関東に核が落ちることも、パンデミックが起こることもない。 魔人がいるという、少しだけ不思議で混沌とした暴力もある。 けれど気楽な世界に。 善人は善人らしく。 悪人は悪人らしく。 ……彼らはこの世界で、生きている。 以前の世界の記憶を持つ者もいる――それが『理不尽』でないのならば。 平穏に暮らすはずだった三姉弟は、三人のまま、平和な学園を謳歌するのだろう。 偽名探偵は今日も眠たげな目で依頼をこなすはずだ。 例えば世界の敵は、今も再び、何か恐ろしい計画を企んでいるのだろう。 そして悪魔の映画は、少しだけ良い映画になったのかもしれない。 けれど一つだけ確実な事がある。 彼らが『滅び』に縛られることは、もはやない。 核とウィルスで家族を失った潔癖症の殺人者は、 この世界では自分の罪に苦しむことはないのかもしれない。 仮に少しだけ頭が変であったり、言葉遣いが妙であっても、 それは悲しみの果ての狂気からくるものではないのだろう。 あるいは、幼少時の体験で少しだけ甲殻類が好きになったかもしれない。 チャラ男は滅びず、この世界に生きている。 その中の誰かが、知らぬはずの物事を口に出すことがあるかもしれない。 それが世界に散った黄樺地セニオを、ふと『コピーした』残滓だったとしても。 彼らはチャラ男であるが故に―― それをありのまま受け入れて、気にも留めないだろう。 そして一人の暗殺者は…… 金で得ることのできなかったものを手に入れて、幸せに暮らしたかもしれない。 ダンゲロスSS3 了 このページのトップに戻る|トップページに戻る